『お昼休みの来ヶ谷さん』




教室の騒がしさが昼休みであることを告げている。
昼休みの喧騒は今日の天気が晴れてようが雨が振ろうが変わらない。
私は手に小さな袋を持ち教室を出るため席を立つ。すると謙吾少年の声が聞こえてきた。

「理樹、真人、学食にいくぞ」

と、ふたりに声をかけている。それはいつもと変わらない彼。

「うん、行こうか。ほら、真人起きて。学食いこう」

対していつものように答える理樹君。真人少年が寝ていたのも珍しくない。

「ふう、あやうく筋肉さんに連れてかれるところだったぜ」

なんだそれは!むしろ君の望むことじゃないのか。










教室前の廊下を抜けて、中庭にある自販機へ向かう為に階段へ。
その側を学食に行くであろう人たちが駆けていく。
たまには学食で食べても楽しいかな。等と考えていると、階段を登っていく鈴君と小毬君を見かけた。

鈴君が左、小毬君が右。ふたり並んで登っている。後ろから表情は読み取れないが楽しそうだ。
それより少し遅れて私は階段を降りながら、


…………
思わず上を見上げていた!一体どこの小学生だ私は。
惜しいことにアレを見ることができなかった。せめて鈴君のだけでも……


そんな話はさておき、
ふたりは屋上に行くのだろう。私も小毬君に誘われて以来、たまにお邪魔させてもらっている。
事故の後、私が暗い表情をしていたからか。小毬君は表情の変化を見逃さない。


階段を降り、渡り廊下から中庭へ。陽の光は雲によって遮られている。
意外と冷えるな。屋上に行った……であろうふたりは大丈夫だろうか。
ふと、中庭にある紅葉した木の真下を見る。いつもなら美魚君がいるはずだが、今日はいない。
風が冷たいからな。違うところで本を読んでいるのだろう。


自販機でコーヒーを買う。売り切れのランプはほとんど暖かいものに点いているのが目立つ。
来るまでに手が冷えてしまったようで、缶の熱で暖をとる。
ふぅ、あたたかい。しかし…屋上はもっと寒いだろうな…ふむ。
私は硬貨を2枚追加して、新しい飲み物を買うことにした。









屋上から外に出る手前で鈴君と小毬君の声が聞こえてきた。

「りんちゃん、そろそろおべんと食べよー」
「そ、そそそそうだな…」
「やっぱり、寒い?」
「そ、そそそんなことない。むしろ、あったかいぐらいだ」

強がりを言う鈴君も実に可愛らしい。

「何もそんなに我慢しなくても…」

それに対して小毬君は平然としているようだ。

「……寒い」

あ、折れた。





「そうだねぇ、うーん」

と言う小毬君の言葉と同時に窓枠を乗り越え外に出る。
初めて来た時とは違う風景が広がる。緑の葉が赤や黄色、色とりどりに変化していた。
この町のどこからでもなく、ここからのみ見える景色。小毬君のお気に入りの場所。
屋上のコンクリートに降り立つ。すると一段と冷たい風が吹き抜けた。
これは鈴君でなくても寒いだろ。中庭とは比べ物にならない。

「でもあいつらも寒いだろうな…」

鈴君の声が聞こえる方向、フェンス側に歩いていく。ふたりとも私には気づいていない。

「猫さん?」
「うん、心配だ」

授業中に外を見ても全く猫を見かけなかったな。
そして、真っ先に猫たちのことを心配するのはらしいのだが、

「私は君たちのほうが心配だ」

と声をかけると鈴君が振り向く。しかし小毬君は肩を震えあがらせながら振り返り、

「あの、これはですねっ…いつも出ていると言うわけじゃなくて、
 今日はたまたま窓が開いてたので外に出たら紅葉がキレイかなーなんて……」

ものすごい言い訳をし始めたが、言い訳になってない。

「こまりちゃん、よく見ろ。くるがやだ」
「ゆ、ゆいちゃん。うえーん…びっくりしたよ…」

いや、だから……もう無駄だな。
どうすればその呼び方を止めてくれるんだ、コマリマックスよ。

「…くるがや」
「どうした、鈴君」
「寒いからどうにかしてくれ…」

震えながら腕を組み、子猫がすがるような目で見つめられる。
私のほうが鈴君にどうにかされそうだ。

「なら、こうすればいい」

私は鈴君の背後に回り、腕を彼女の両肩に乗せて包み込むように抱きついた。

「うわっ、離せー」

とは言っているものの大きな抵抗はしてこない。精々回した腕を外そうともがく程度。
始めの頃は本気で振り払われてよく対峙していたものだったな。

「楽しそうだね〜」
「うわっ、こまりちゃんもか」

後ろから私と同じように小毬君が抱き付いてくる。うわ…これはヤバい。おねーさんはぁはぁだ。小毬君の胸の感触が気持ちいい。
可愛い女の子二人にサンドイッチにされている。ああ、ずっとこのままで……










「ん?なんだこれ」

鈴君の言葉で現実に引き戻される。満足した状況のせいですっかり忘れていた。
とても残念だが小毬君に離れてもらい、私も鈴君から離れてポケットの中の物をとりだす。

「ほら、二人にプレゼントだ。熱いから気をつけてな」

鈴君と小毬君に自販機で買った缶を渡すと、ふたりは缶を握って手を暖めようとする。

「ありがと、くるがや。…あったかいな」
「ゆいちゃんありがとー」

…言うな、気にするんじゃない、私。
目を逸らすようにして鈴君の方を向くとなにやら難しそうな顔をしていた。

「どうした?」
「コーヒーは苦いから嫌いだ」
「よく見るといい」
「これは……カフェオレ!」
「甘くてミルクたっぷりのカフェオレだ。これなら飲めるだろう?」
「うん、飲める」

気に入ってもらえて何よりだ。小毬君にも同じものを渡した。

「でも、ここじゃすぐ体が冷えちゃうね…」

確かに、ずっとここにいたら凍えてしまう。

「ならば、放送室などは如何かな」
「いいのか?くるがや」
「ああ、おねーさんなら大歓迎だ」

前に鈴君を連れて行ったことがある。それに、もともと放送室で食べる予定だった。
ただ、小毬君は素敵なものが見える場所が好きなだからな、放送室から見えるのは中庭だけでつまらない。

「行ったことないから楽しみだねぇ」

期待を裏切ることになるか。実際、楽しむ事ができるものなどほとんどないわけで。

「では、さっそく行こうか」




私達は屋上から出るために窓の側へ。

「小毬君、先に行くといい」
「うん、わかったよ」
「くるがや、顔がにやけてるぞ」

おっと、顔に出てしまったようだ。さぁさぁさぁ、早く行くといい。
小毬君が上半身を窓枠にいれ、前のめりになる。そしてスカートの下からくまが描かれている…
うむ、堪能した。イメージ通りとはまさにこのこと。

「…………毛糸のぱんつってあったかいのか?」

小毬君が着地してから鈴君が聞いてくる。合理的ではあるが試したことはない。

「直接聞いてみたらどうだ?」
「聞けるかぼけぇ…」
「女の子同士じゃないか。問題ないだろう?」
「普通ぱんつの話なんてするかっ」

次に鈴君を行かせようとしたのだが、先手を取られる。

「くるがやに見られるから嫌だ、先に行け」
「そんなに私のパンツが見たいのか?」
「見るかぼけー」
「私は鈴君のが見たいから先に行くといい」
「嫌じゃっ」
「ふたりとも早く行こうよ…」

と小毬君が言う。実に惜しいのだが鈴君が譲らないので私が行くことになった。



…………



屋上から放送室に向かう途中、

「いつもそんなのはいてるのか?」
「なんだ、しっかり見てたじゃないか」
「ふかーっ」
「ふたりとも喧嘩しないで、危ないよー」

などと会話を交わす。鈴君は自分のスカートの中をしきりに気にしていた。

「そんなに気にすることではあるまい」
「……」

見事に警戒されていた。



…………



一階に降り、少し歩いて放送室の扉を開く。

「ここが放送室だ。さ、入ろう」
「お邪魔しまーす」

中にある蛍光灯、放送機材などのスイッチを入れる。
機材で十分熱を持つが、早く暖かくしたい。ヒーターを使おう。

「放送かぁ、やったことないなぁ」
「あたしはしたことがあるぞ」

そうだったな。ずっと昔、鈴君に放送してもらったことがあった。
あの時は実際に放送をしていなかったが、今は普通に放送している。
とは言っても音楽を垂れ流しているだけだ。

「今日もやってみるか?」
「うーん、あたしよりこまりちゃんがいいんじゃないか?」
「ふえぇ、わ、私?」

そうだな、小毬君にしてもらおうか。ラインは…止めておこう。

「ほら、これが原稿だ」

原稿を渡すと小毬君はそれを見ながらマイクに近づく。
私はラインを止めたままでマイクのスイッチを入れた。

「えー、おほん。本日はーお日柄もよくー」
「そこは読まなくていいぞ、こまりちゃん」
「ふえぇぇ」

ふむ、経験を生かしているな、鈴君。



…………



「だたいまお送りしている曲はー、もーつぁると作曲〜『俺の…………』」

ああっ、もう。顔を真っ赤にして恥ずかしがるこの表情が可愛すぎる!

「こまりちゃんに何言わせるつもりじゃぼけーーっ」
「はっはっは」
「ゆいちゃんひどいよ…」

そのゆいちゃんがなければ完璧なんだが、小毬君は。



…………



そんなことをしているうちに部屋が暖まってきた。

「大分遅くなっちゃったね。おべんと食べよ〜、はい、鈴ちゃんの分」
「ありがと、こまりちゃん」

鈴君は小毬君に弁当を作ってもらっていたのか!なんてうらやましい…

「ゆいちゃんもおべんとー?」

と弁当を広げながら小毬君が聞いてくる。もういいや…

「ああ、そうだ」

私は同じように弁当を広げながら小毬君に答える。
最近は毎日作っている。その理由が自分でもよくわからず、なんとなくだ。

「くるがやも料理できるのか?あたしだけできないのか…」

鈴君が項垂れていた。

「そんなに落ち込まないで、りんちゃん。さぁー食べよー」



一緒に弁当を食べるなんて、リトルバスターズに出会う前の私には考えられなかったことだ。
悩みがあれば全て自分で解決し、一人で何でもできると思っていた私には。
今はそれがどのようなことだったのかがよくわかる。



「「「いただきます」」」

「ゆいちゃん、はんぶんこしませんかっ?」

と、小毬君が提案してきた。つまり…まさか…
この弁当を食べさせなければならないのか?
大体毎日作っていると言ってもそれは自分で食べるものだ。
他の人にあげられるほと大層な出来ではない。

「あたしも食べてみたい」
「ダメなの…?」

確信犯だろ…小毬君。しかも、上目遣いでそんなこと言われたら断ることなど出来はしない。

「こまりちゃんを泣かせたら、めっ、だ」

鈴君、そんなに可愛く怒らないでくれ。ああ、もうおねーさんノックアウトされたよ…

「わかった、食べるといい…」
「やったー。はい、はんぶんこ」
「あたしのもだ」

ふたりから卵焼きを差し出される。中身が同じなのか。
同じ物を差し出すとは、余程仲がいい。

「はい、あーん」
「ぶっ」
「こいつ鼻血出したぞ」
「ほわぁ、だいじょーぶ?」

一体私をどうするつもりなんだ、小毬君は!
本人に自覚はないのだろうが、こうも手玉に取られると仕返しをしたくなってしまう。
確か、辛いものが苦手だったはずだ。

「小毬君、あーん」

箸でウィンナー(チョリソ)を摘み、小毬君に食べさせる。
まるで新婚さんみたいじゃないか!

「………からぃ…」
「こまりちゃんをいじめるなっ」

とても辛そうだった。何だこの罪悪感は…



…………



色々おいしいトラブルが続きながらも食事を終える。

私はまだ熱を保っていた缶コーヒーを開けて、一息つく。
鈴君と小毬君を見ると、同じようにカフェオレを開けて飲んでいた。

「そんなに苦いのよく飲めるな」
「何、大人になれば自然とわかるさ」
「……ならあたしは子供でいい」
「私も苦いのはだめだなぁ」

好みの問題か。私の周りにコーヒー派は少ないようだ。

「こまりちゃんのもおいしかった」
「ありがとう」
「くるがやのもうまかった」
「そうか、それならよかった」

缶を空けおわり、弁当箱を片付けながら鈴君が感想を述べてくれる。
美味しいと言って貰えるのは嬉しいことだな。

「……あたしだけ食べてばっかりだ」

複雑そうな顔をする鈴君。仲間外れにされていると思っているのだろう。

「じゃありんちゃん。明日から一緒に作ろうか」
「いいのか?」
「うん、ゆいちゃんもやろう?」

と小毬君が私を誘う。誘いを断る理由がないことを知っていながら。
いや、言い訳だな。私は素直な気持ちで答える。

「そうだな、一緒に作ろう」
「うん、がんばろー」

本当に、私一人でいた時には考えられなかった日常。
他の人には大したことがないこと。それは私が知らなかったこと。

何気なく時計を見る。そろそろいい時間だった。


「後少しで授業が始まるな」
「そうだね、戻ろっか」


私たちは、ヒーター、機材、蛍光灯の電源を落として外に出た。













あとがき

ここまで読んでくださった方々ありがとうございます。
唯ねぇ、こまりん、鈴ちゃん。というメンバーの日常を書いてみました。
技量不足は目に見えてわかります…。一体私は何を伝えたかったのか。
あーすればいい、こーすればいい。色々考えるうちに余計なものが削れる削れる。

最後に、唯ねぇ好きな皆さんへ。唯ねぇの魅力を表現しきれずごめんなさいでしたーっ。
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