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『―――以上、お昼の放送、<本日の2−E井ノ原君>でした』
 放送室のマイクに向かい、そんな口上でお昼の放送を締めくくった来ヶ谷さん。
 マイクの向こうに全生徒がいると考えるだけで肩肘張って緊張してしまう僕なんかとは違い、その後ろ姿は毅然としていて。
 緊張なんかまったく感じずに、平然とやってのけちゃうのが来ヶ谷さんなんだよなぁと思いながら、僕はそろりそろりとその背後へと忍び寄った。

 僕はいつものように放送室でお昼の放送を流している来ヶ谷さんに会いに来ていた。
 お昼の放送は、今日も変わらず「本日の2−E井ノ原君」というわけのわからないコーナーだ。
 聴いている人がほとんどいないのが真人にとっての不幸中の幸いだろうか?
 ともかく、放送に集中している来ヶ谷さんに気付かれないように放送室に忍び込み、気配を悟られないようにゆっくりと歩み寄っているのにはワケがある。
 来ヶ谷さんがマイクのスイッチを切るのを見届けてから、
「えいっ!」
 僕は後ろからがっちり抱き締めようと腕を伸ばして―――
「あれ?」
 忽然と姿を消した来ヶ谷さんに、伸ばした腕は空を切る。
 直後、僕の視界は反転した。

「キミは何がしたいんだ?」
「いや、まあ」

 カーペットの敷かれた床に転がされた挙句、後ろからがっちりとホールドされてしまった僕は、曖昧な笑みを浮かべながら何とか誤魔化そうと頭をフル回転させる。
「その、そう、虫がいたんだよ、来ヶ谷さんの肩にっ」
 けれど、からからからといい音がするばかりで。
「ほほう、それは元気の有り余った虫がいたものだ。こんな真冬に、こっそり放送室に侵入した挙句、私のような美少女に背後から忍び寄ろうとする不届きな虫にはお仕置きが必要だな」
 そもそも、来ヶ谷さん相手に誤魔化そうって選択肢を選んだ時点で失敗だったんじゃないかなぁ……。
 僕は後ろから肩に両手を回されながら、そうしてしばらくの間来ヶ谷さんにされるがままにされてしまった。






 ぎゅっとされて、ぎゅっとして






「つまり、いつも私にぎゅっとされている理樹君の、ヒャッホウこいつはたまらねぇがたまには愛しのスイート・ハニーをぎゅっと抱き締めてやりたいぜーという気持ちと受け取ってもいいのかな?」
「いやいやいや、色々と訂正したい箇所はあるんだけど……」
「おおむね間違ってはいない、ということか」
「いや、その……まあ」
 来ヶ谷さんの腕と胸にすっぽりと収まりながら僕は答えを濁す。
 このポジションは来ヶ谷さんのお気に入りのようで、二人きりで過ごすなんでもない時間の大半を、こうして僕を後ろから抱き締めながら過ごしている。
 こうして密着していると、いつか来ヶ谷さんの言っていたように確かに恋人同志っぽいよなぁとか思ったり、それに、来ヶ谷さんの体温や、胸の鼓動……それに、その、おっきい胸の柔らかさとかに包まれると安心してしまうというかなんというか、恥ずかしいながらも実は僕もお気に入りだったりするわけで。
 けれど同時に男としての立場というか、たまには僕が来ヶ谷さんをぎゅっとしてあげたいとか、そんなことを考えてしまうわけで……。
 そんな気持ちの板ばさみに悩んでいるところを幼なじみのK氏とスペシャルアドバイザーのN氏に唆されて(本人達の名誉のために伏せておこう……)こんな凶行に及んでしまったわけだけど。
 うーん、やっぱり来ヶ谷さんには敵いそうにないなぁと、早くも敗北を悟ってしまいそうになる。
「その、僕も一応男なわけけだしさ……」
 口ごもるように、言葉が途切れてしまう。
 うわぁ、きっと僕今顔真っ赤だよ……!
「うん。続けていいぞ」
 しかも来ヶ谷さんに気取られてるし。声がすごくにやけてるよ、この人……。
 けど、ここで引いてしまうわけにはいかない。
 きょうす―――じゃない、K氏も言っていたじゃないか。攻めの心を忘れるな、と。
 そして、にしぞ―――おおっと、N氏も「あなたの本質は攻めにあると思います」ってアドバイスしてくれたのを思い出せ!
 反攻戦開始だ!
「ぎゅっとされるのも、その、悪くないんだけど……たまには、ぎゅっとしたいというか、なんというか……」
 うわぁ、意識すると恥ずかしくってしどろもどろになってしまった……。
 なんていうか、ぐだぐだだ……。
 ふっふっふと怪しげに笑いながら、来ヶ谷さんは更に密着してくる。
 頭の上に顎を乗せてぐりぐりしてくるだけでなく、その、胸を背中に押し付けてうりうりしてくる来ヶ谷さんに、僕は開戦早々たじたじだ。
「ああ、理樹君は可愛いなぁ……」
 くつくつとした笑いから、段々と恍惚としたにやにや笑いにシフトしていく来ヶ谷さん。
 や、だから、そんな可愛いとか言われても男としてはあんまり嬉しくないんですけど。
「そんなに言うのなら、理樹君。今この場で回れ右、だ」
 肩に回されていた来ヶ谷さんの両腕の力が緩む。
 なんだろう……? と、僕は身体を捻らせて振り返ってみた。
「――――っ!」
 なんていうか、鼻血を噴き出さなかっただけでも自分を褒めてやりたい。
「さあ、理樹君。思う存分ぎゅっとしてくれて構わないぞ」
 シャツを肌蹴させて胸元を当社比120%強調しながら両腕を僕に伸ばしている「ウェルカ〜ムいつでも準備はOKさ!」な来ヶ谷さんの姿に、僕は反射的に背を向けてしまった!
「なんだ、つれないじゃないか。……ふむ、なるほど。面向かってハグするのはベッドの上だけで十分だぜ! という理樹君の心の声が背中からひしひしと伝わってくるぞ」
「いやいやいやいやっ! そんなこと思ってないからっ!」
「四回、か。理樹君のいやいや最多記録更新だな」
「変な記録を作らないでよ、来ヶ谷さん……」
 それにしてもベッドの上って……うわぁ、顔から火が……。
「本当に理樹君は可愛いなぁ……」
 背中を見せたことで、再びぎゅっとしてくる来ヶ谷さん。
 僕は最後の抵抗とばかりに、

「……来ヶ谷さんも、可愛いよ」

 一矢報いるべく、告げた。

「―――――あ、ああ。そうだとも。私は可愛い。うん。そう言ってもらえて嬉しく思うぞ、理樹君」

 克服された!?
 ああ、以前は可愛いって言えば顔を真っ赤にして慌てふためいていた来ヶ谷さんなのに……。
 可愛いと言われることに慣れていなくて、そのたびに顔を真っ赤にしていたあの来ヶ谷さんが……。
「ふっ。理樹君。キミは少々私に『可愛い』と言い過ぎたようだな」
 ああ……。僕が事あるごとに起死回生とばかりに可愛い可愛い言ってたから……。
 ついに来ヶ谷さんが、可愛いを克服するなんて……。
 ……グッバイ、恥ずかしがり屋な来ヶ谷さん……。
「けど、どうして来ヶ谷さんは僕の顔をロックしてるの? 振り向けないんだけど……」
「うん? ただの気まぐれだ」
「……本当に?」
「ああ、本当だ。理樹君のほっぺたは、すべすべぷにぷにしていていい感じだなぁ」
「………」
 ああ、良かったと少し安心する。
 平然を装ってはいるけど、きっと来ヶ谷さんの顔は真っ赤になっているはずだ。
「やっぱり、来ヶ谷さんは可愛いなぁ」
「はっはっはっは。そんな嬉しいことを言う口はこの口か。うぅん? この口かっ」
「いひゃいよ、くりゅひゃやひゃんっ」
 両方の頬を手のひらで挟まれながら、僕はしばらくの間頬をこねくり回されていた。





「はぁ……」
 来ヶ谷さんの吐息が僕の耳をくすぐる。
 まるで覆いかぶさるように体重を預けてくる来ヶ谷さん。
 この体勢が本当に落ち着くみたいだ。
「うーん」
「どうしたんだ、理樹君。そんな悩ましそうな吐息をついて。おねーさん、思わずジュルリだ」
 ……僕はこのまま食べられてしまうのだろうか。
「なんでそこでインモラルチックな擬音が出てくるのさ」
「駄目なのか?」
「駄目だよっ」
「少年の心はまことに度し難い。……それで、どうしたんだ。何か思うところでもあったのだろう?」
「えっと、うん。その、こんな風にしてるとき、来ヶ谷さんはどんなこと考えてるのかなって思って……」
「こんなこと、とは、こうして―――」
 後ろから回されている腕に力を込めて、「うりうり」と押し付けるように身体を密着させてくる来ヶ谷さん。
「後ろから理樹君を抱き締めることか?」
「うん。その、抱き締めること」
「ぎゅっとすることか」
「……うん。ぎゅっとすること」
 来ヶ谷さんは、まるで子供みたいに頬を綻ばせた。
「に、にやにや笑わないでよ……!」
「いや、なに。理樹君はやっぱり可愛いなぁと思ってな」
 今日で何度目だろう。
「あのさ、僕男なんだけど……」
「理樹君は、もう少し自分の魅力に頓着したほうがいいな。これほどの逸材は他にいないぞ。磨けば、そこいらの女子よりも輝けるはずだ」
「あのー、もう一度言うけど、僕男の子……」
「可愛いに男の子も女の子もないさ。可愛いは正義。それが私のジャスティスだよ」
 なんだか来ヶ谷さんの信念が以前にも増してパワーアップしていた。
「そんなキミをこうしてぎゅっとしていられるのだ。思うことは……そうだな。きっと、語り尽くせないほどある」
「たとえば?」
「たとえば……そうだな。理樹君の耳たぶはふにふにしていそうで、鈴君のそれとどちらが触り心地がいいだろう、とか」
「………」
「はっはっは。まるで赤く熟した果実だな、理樹君の耳たぶは。思わず噛みたくなってしまうじゃないか」
「勘弁してください」
「他にも聞きたいことは?」
「いいえ、結構ですので……」
 来ヶ谷さんは、僕をぎゅっとしながらそんなエロティックなことを考えているのだろうか……。
「―――ふむ、なるほど。つまり理樹君は、私のような恋人をぎゅっとしながら、エロスな妄想に浸りたいわけだな?」
「ちっ、違うよっ」
「そしてそのうち衝動を抑えられなくなり、目眩く官能の世界へ……」
「いやいやいやいやいや、ないないないっ! っていうか、そんな『うわぁ理樹君はエロいなぁ』みたいな顔しないでよっ」
「うむ、五回か。本日二度目の更新だな」
 うわぁ、いやいや最多記録を更新しちゃったよ……。
「それで、私をぎゅっとしようなどと企てたわけか」
「断じて違いますっ」
 そんなエッチな目的のためじゃない。
 ただ純粋に―――
「来ヶ谷さんが普段どんな気持ちなのか……。今こうしている間に何を思っているのか、同じものを知りたかったんだよ。その、僕達は付き合ってるわけだし、もっと来ヶ谷さんのことを知りたいんだ……!」
 僕は、僕の本心を……嘘偽りない気持ちを、来ヶ谷さんにぶつけた。
「――――」
 あれ、来ヶ谷さんの反応がない?
 来ヶ谷さんの腕の力が弱まる。
 背中越しにあった確かな温もりが離れて、僕は一抹の寂しさを覚えた。
「来ヶ谷さん?」
 振り返ると、来ヶ谷さんは僕に背中を向けていた。
「―――そんなに言うなら、私の背中を貸してやらないこともない」
「え?」
「さあ、思う存分ぎゅっとするがいい。なんだったら、そのままお持ち帰りして抱き枕代わりにしてくれてかまわないぞ」
「いやいや、僕がかまうからさ……」
 いつもの調子で僕をからかう来ヶ谷さんの声に僕は安心する。
 僕は来ヶ谷さんの背中に向き直る。
 ……うぅーん、あらためて来ヶ谷さんを抱き締めるってなると、緊張するなあ。
「どうした? ……そうか、理樹君は焦らしがお好みのようだ」
「そんなことないから」
 ……意を決して、来ヶ谷さんのその肩に手を伸ばす。
 思わず、喉が鳴ってしまった。
「それじゃあ、失礼します……」
 その肩に、両腕を回す。
―――あ、来ヶ谷さんの肩、思ったよりも細いんだ……。
 肩に腕を回した瞬間思ったのはそれだった。
 いつも抱き締める側で、身長も僕とほとんど同じくらいの高さの来ヶ谷さん。
 けれど、そんな彼女の肩は、やっぱり女の子のそれで。
 腕を回すと、指先が来ヶ谷さんの大きな胸に触れた。
「あ」
「かまわんさ。理樹君になら、揉みたぐされてもいいぞ」
「謹んで自重いたします」
 僕の手を来ヶ谷さんの手のひらが覆う。
 来ヶ谷さんに手を引かれるまま、僕の両腕は来ヶ谷さんの胸の上で交差された。
「ぎゅっとしないのか?」
「……うん。ぎゅっとする」
 腕に力を込めて、その身体を引き寄せる。
 来ヶ谷さんの背中の温もり。
 それを感じるよりも早く、来ヶ谷さんは寄りかかるようにして僕に身体を預けてきた。
「どうだ、理樹君。初めてぎゅっとした感想は」
「……色々ありすぎて語り尽くせそうにないよ」
 ぎゅっとされていた時にも感じた来ヶ谷さんの身体の柔らかさ。
 それが、ぎゅっとした時にはまるで別物のように、僕の腕や胸を通してダイレクトに伝わってくる……。
 鼻先にある来ヶ谷さんの長く艶やかな髪からは、いい匂いがする……。
 その髪の毛や細い首筋に、思わず鼻を埋めたく思ってしまう僕は……ひょっとして変態なのでは……? と、ついつい思ってしまった。
 これが、ぎゅっとする効果なのか……。
「……なんか、感動した」
「そうか、感動したか」
「うん。感動した」
「キミは、もう少し語彙を増やしたほうがいいな」
 ……たぶん、そんな言葉を何十、何百と知っていたとしても。
 今口に出来る言葉は、きっと「感動した」の一言だけだろう。
 目の前で静かに揺れている黄色いリボンに思わず手を伸ばす。
 リボンと一緒に髪をすくうと、来ヶ谷さんの耳の裏が見えた。
「ちょっ……うぅん、こそばゆいではないか……っ」
「あ、ごめん……」
 慌てるようにして手を離す。
 来ヶ谷さんの耳はすぐに髪の毛に隠れてしまったけれど。
 僕は確かにみた。
「来ヶ谷さん、ひょっとして顔赤い?」
「―――そんなことないぞ」
「本当に?」
 ひょいっと、肩口からその横顔を覗き見る。
 来ヶ谷さんは、ひょいとそっぽを向いてしまった。
「む」
 今度は反対側の肩から。
 ひょいっ
 もう一度反対の肩。
 ふいっ
 逆。
 ぷいっ
 逆―――と見せかけて同じとこ!
「―――ぐはっ」
 僕は、トマトのように赤く染まった来ヶ谷さんの顔と鉢合わせた。
「やっぱり真っ赤だ」
「く……っ、理樹君に不覚を取るとは……」
 なんていうか、やっぱり来ヶ谷さんって。
「可愛いなぁ」
「………」
 真っ赤になりながらも、僕の腕の中で大人しくしている来ヶ谷さん。

 ……なんていうか。
 来ヶ谷さんが、いつもこうしてぎゅっとしながら僕をからかったり手玉に取ろうとしたりしている時の気持ちが分かったような気がする。
 そして気付く。
―――来ヶ谷さん、ずっと赤くなりっぱなしだ……。
 髪をすくうと、顔を覗かせるのはいつも赤く染まった耳たぶだった。
「ひょっとして、来ヶ谷さん―――」
 いつも僕をぎゅっとしながら赤くなってたのかな。
 そしてそれを悟られないように、背後からぎゅっとしてたのかな。
 そんな疑問が脳裏を過ぎる。
 けれど、僕は口をつぐんだ。
 これ以上来ヶ谷さんを弄って、この先ぎゅっとするのを禁止されでもしたら目も当てられない。
「どうしたんだ、理樹君」
「ううん、なんでもないよ」
 今は、この至福の瞬間を噛み締めるように、なんでもないような話に華を咲かせよう。
 そうだな、たとえば……。
「ねえ。そろそろ、ゆいこさんって呼んでもいい?」
 とか。
 そんな感じの、当たり障りのない話を。

「あれ? 来ヶ谷さん……? 顔さっきより赤くなってない? なんていうか、湯気立ち上ってるよ? 来ヶ谷さーん。……ゆいこさーん」
 来ヶ谷さんの頬をぺちぺちと軽く叩くと。
「―――キミは、素面のままとんでもないことを耳元で囁くのだな……。おねーさん、もうたじたじだよ……」
 なんていう、すっごく細い声が返ってきたりして。

 そんな来ヶ谷さんが、どうしようもなく愛おしく感じてしまって。

「来ヶ谷さんは可愛いなぁ」

 思わず、いつも来ヶ谷さんが僕やクドにやってるみたいに、強くぎゅーっと抱き締めてしまうのだった。
 これも、ぎゅっとする効果なのかなぁ……。

 なんだか、病み付きになりそうな体験だった。





     END









こんにちは。あるいははじめまして。
REI雑文工房という辺境サイトで管理人をやっているREIと申します。
この度は拙作、「ぎゅっとされて、ぎゅっとして」にお付き合いいただき、ありがとうございました。
いつも姉御にぎゅっとされる理樹君が、今度は姉御をぎゅっとする。
ただそれだけのお話です。
REIにしては珍しく、山無しオチ無し意味無しの短編SSとなっておりますが、如何でしたでしょうか??
あまあまって難しいですねっ!
今回書いてみて、神主あんぱん様やその他あまあまSSを書いている作家さんの偉大さを身に染みて実感した次第であります!
来ヶ谷さんの魅力が少しでも表現できていればいいなぁ……。
それでは、また何処かでお会いしましょう。

では。