「僕は……おっぱいが、好きなんだ」

とりあえず、殴り飛ばしておいた。









                                おっぱい










「君は、突然何を言っているんだ……」

簡素なテーブルの横でひれ伏している私の恋人……理樹君に、私は努めて冷たい声を掛けた。
久々にこのカフェテラスに2人で来れて、憩いの時間を作れたというのに、この男は開口一番に何を言い出しちゃってくれてるのか。
数学が自習だとわかった瞬間に彼の手を引いて教室を抜け出してきたが、今思えばあの時から顔色は優れていなかったかもしれない。
この男はかねてからこの思いを吐き出そうかどうか悩んでいたというのか。
なんとも馬鹿な悩みだ。
せっかく恋人らしい雰囲気になれるかと思っていた所でいきなり出鼻を挫かれ妙な怒りがふつふつと込み上げる中、よろよろとふためきながら、彼がようやく起き上がった。

「いつつ…ひどいよ来ヶ谷さん」
「酷いのは君だ……先程の発言の真意、説明してくれるのだろうな?」

ギロ、と感情という感情を乗せまくった睨みを利かせてみる。
しかし彼には効かなかったのか、臆する事もなく、至って真面目な表情で私の質問に答えてくれた。

「真意も何もないよ………『おっぱいが好き』、この言葉にはそれ以上もそれ以下もないからさ!」
「ええい小賢しいっ!」
「べはぁっ!」

やけに賢人ぶった口調でのたまって癪に障ったので、もう一発殴っておいた。
……こんなにアホな人間だったかい、理樹君?
君はあの馬鹿の集まりの中でもまともな人種として生息していたではないか。
とうとう思考回路までもが筋肉やらジャンパーやらロリコンやらに染められてしまったのかい?
またしても手を地面につきながら何とか立ち上がる彼を見て色々と不安が生じていたが……彼の表情を見て、その思考は停止する事となった。
彼は、笑っていた。
しかも、やたら不敵に。
出てもいない癖に口の血を拭うふりをしながら、彼は私に挑戦的な目を向けてきた。

「わかっちゃいない……わかっちゃいないよ、来ヶ谷さん」
「…な、何がだ?」
「あなたは『おっぱい』という言葉が、男性諸君にとってどれだけの威力を秘めているのか全く理解していないよ……せいぜい来ヶ谷さんの理解力はミカヅキモ程度といった所だね」
「……」

なぜミカヅキモを対象として取り上げたのかはほとほと謎だったが、とりあえず、それよりも解せない事があった。
私が、『おっぱい』についての理解力がない、だと…?
0.1ミリにすら満たない理解力しか持ちえていない…?
青少年をからかってからかってからかい倒してきた私にそんな口を叩くというのか、理樹君…?

「そもそも来ヶ谷さんは、おっぱいとは何だと思う?」
「いや…これの事だろう?」

思考し様のない問いを投げかけられ、私は素直に己に存在する2つの隆起を持ち上げてみせる。
少し挑発というか、からかいの気持ちも含めたつもりだったが、理樹君は私の豊満なそれを一瞥しただけで、表情に何の変化ももたらさなかった。
その一連の出来事は、私にとってかなりの打撃となった。
り、理樹君が……照れないっ!?
私の動揺など目にもくれず、彼は言葉を続けた。

「まぁ端的に言ってしまえばそれだよ……けれどね、それだけでは決して語りきれないのが、『おっぱい』なんだよ」
「…い、意味がよくわからないが?」
「基本的におっぱいっていうのはどこかエッチな響きを醸し出すけれども、でも他の卑猥な単語に比べてどこか柔和な感じがする…どうしてだと思う?」
「……まぁ、乳児に母乳を与える際にも『おっぱい』と用いる事もあるからな。そういう面でいえば母性的な意味合いもあるだろう」
「そう、それだよっ!」

ビシィッ!と指差される。
…何故にそこまで気合いが入っているのかは、やはり私には謎だった。

「確かにおっぱいを見たり触ったり揉んだり舐めたり吸ったりすると性的興奮を覚える事は当然の理であるのは間違いないのだけれども、必ずそこには性欲以外の何物かが潜んでいるんだ…それは何か?それは今来ヶ谷さんが言った『母性』に他ならない。もちろんマザコンというわけではない。そこには、しがらみやら何やらを解き放ち、ありのままの自分を受け入れてくれる、心の平穏が存在しているのさ」
「……」
「性交渉においておっぱいはかなり重要な要素を占めているけれど、おっぱいをどうこうしようとする欲望は、性欲のそれだけでは収まらない。僕達男がそこを目指すのは単なる性欲だけには留まらず、かつて胎内で母親から栄養を受け取り、さらに生後間もない頃、母乳で全ての活力を支えられてきた様に、そこには全てを司る、母なる大地を見ているからさ…その2つの膨らみは、安寧の地なんだよ」

差された指が、私の乳房に向けられる。
さすがにここまでされると、少し恥ずかしかった。

「そこに秘められるは全ての男性に遍く染み渡る活力……リビドー、だよ」
「リビドー…?」
「そう。今日では『性衝動』として捉えられているけれど、ユングの解釈的にはそれよりもさらに広く捉えていて、『本能のエネルギー源』と言える。つまり、僕達はおっぱいに始まり、おっぱいに終わる……おっぱいは、そんな、男達の根底と呼べる存在なんだよ。言ってみれば、おっぱいは男達の神、救いを求めている存在とも言えるのさ…」

得意げに講釈をする理樹君。
…そろそろ雲行きが怪しくなってきたから、止めた方がいいのだろうか?
聞き手に回っていたが、ここで結論を急いてみる事にする。

「…で?理樹君は結局何が言いたいんだ?」
「ん?……そうだねぇ」

空を見つめ、何か思案する。
…考えてなかったのか。
無計画ぶりに少し呆れていると、理樹君がこちらを向き。
にやりと、悪戯小僧の様に笑った。

「まぁ、結局僕が言いたかったのは…」
「っ?」

言葉半ばで理樹君が私に詰め寄ってきた。
咄嗟の事に、私は距離を開く事が出来なかった。
それは、私が『彼』の前では気を抜いているという事実から発生した事態であったのは明らかだった。

「…ねぇ」
「な、何だ…?」
「…触っても、いい?」

息のかかる距離の中、彼の手が私のおっぱいに触れる。
優しく、本当にただそこに手を当てるだけ。
しかし、そのわずかな感覚に、私の体が…そして心が、びくりと震えた。

「こ、こんな所でか…っ?」
「大丈夫、誰も来ないよ…」
「し、しかしだな…」
「お願い……唯湖」
「ひ、卑怯だぞ……理樹君」

名前を呼ばれた私に、為す術はなかった。
彼の吐息が、私の顔を撫でる。
唇が、目前に見える。
彼の手が、私のおっぱいに添えられている。
ドキドキしている。
頭が麻痺する。

「な、なぁ……理樹君?」
「何?」
「…私の、事は」
「…ん?」
「私の事は……好き、なのか?」

絶え絶えな言葉を吐く私に、彼は優しく笑った後、こんと額をくっつけてきた。
おっぱいを触る彼の手に、少し力が入る。
脳の奥が痺れた様な感覚になり、何も考えられなくなる。
足ががくがくと震え、体を支えられなくなる。
少しでも動けば、唇がくっつく。
あぁ、もうダメだ…。

「もちろんだよ」

彼の言葉が脳内に響き渡り、私は耐え切れず彼に体を預けたのだった――――












・後書いてみる
私は乳フェチです。
え〜…とりあえず、神主あんぱん様、参加した皆様、これを読んだ皆様。
申し訳ない!
これがmarlholloのあまあまSSの限界です。
『あまあまじゃねーだろこのボケっ』というツッコミは疾風怒濤の勢いで回避します。