「・・・お!出てきた」

洋服店に救急車が立ち寄ってから少しして、彼等は店から出てきた。男は高級そうな紙袋を片手にどこか最初より気分が高揚しているようだ・・・。なんだかこの洋服店で怒涛の展開に陥っていたため忘れがちだったが、僕達は鈴に真実を伝えるための最後の判断に来ているのだった・・・。
その後も僕達は彼等を追った。すると今度は割りと簡素な建物に入っていった。看板を見ると、そこは鈴の良く行く新型のモンペチの売っている店だった。恐らく鈴が立ち寄って行きたいといったのだろう・・・。空は徐々に赤と青の色彩を曖昧にしていき、僕等が先ほどまでいた駅前は帰宅するのであろう家族連れが多々見受けられる。
僕達は時間的にこれ以上の進展が無いことを知ると、恭介の指示で声が出てもう邪魔になる携帯電話の電源を切った。

「・・・さて皆、感想を聞こうか・・・?」
まずは恭介が切り出す。これが最後の判断だ・・・。

「俺は・・正直アウトだな・・・」

「・・まぁ・・同感だ・・・」

「・・・わたしも・・デートにしか見えなかったよ・・・」

「そうですネ・・・あれをデートかというと・・」

「わふー・・・・」

皆の判断はどうやら良い判断ではなさそうだ・・それはそうだ僕だって今日一日の二人を見てデート以外に形容の仕方が無かった。恐らくこれがただ純粋に行っている行為だとすれば、今僕が抱いている思いは嫉妬だっただろう・・。でもそれは違った、彼が二股をかけているという事実は僕の思いを憎悪に変えていた。

「僕も・・・伝えるべきだと思う・・」

もう迷いは無かった。

先程まで少し青が混じっていた空は、二人が帰路に着く頃には綺麗な茜空へと姿を変えていた。自転車に乗ってはしゃいで楽しそうに疾走する少年たちや僕達と同じ年頃の私服の生徒達が今が過ぎるのを惜しむ様にそれぞれの家へ帰っていく。そんな中二人は僕等の追う方からは重なって見えない影を長く伸ばし、また縦に並びながら歩いて帰宅していた。僕達は草むらの陰に隠れながらそれを追っていた。

チャンスは恐らく一度、・・・鈴と男が離れた瞬間だ



山々の間から僕達を真っ赤に照らす夕焼けはどこか僕達を鼓舞している様に思えた。

二人は河川敷に沿う道を歩いていた。下の大橋が跨ぐ川に数人の子供達が帰ることも忘れて、石を跳ねさせることに熱中している。夕焼けの明かりと流れるような風に吹かれそれを微笑ましそうに見る二人の姿はとても絵になっていた。・・僕はそれに嫉妬していた。たとえどうであれ、あの男は鈴が好意を寄せた男性なのだ。そう思うと・・ズキズキと胸が痛くなった・・。もし僕がこの二人の名も顔も知らない他人だとしたら・・・この風景を素直に見惚れられていただろうか・・・そしてこの二人の名も顔も知らない他人だとしたら・・・こんな胸の痛みを、辛さを、悲しみを・・知らずにすんだのだろうか?

生きる恐さと過酷さを・・・理不尽さをもう一度知らないですんだのだろうか?




「・・・にゃぁあ」
不意に猫の声が耳に入ってきた。鈴がぴんと猫の声に反応し、声のした河川敷のほうへ降りていった。一方男のほうは荷物を持っているため、急な鈴の行動にとっさに対応できなかったのか、まだその場にとどまっていた。


「今だ!!!」

恭介が一喝する。その声に弾かれた様に真人と謙吾が勢い良く飛び出す。声を上げて男に襲い掛かった。男は大柄な男達が自分に向かって怒号を上げながら突進している状況が理解できず一度面をくらい立ち止まってしまった。そしてその一瞬が仇となり男は疾走中の真人に担がれてしまった。
「!?な、貴方達は・・・!何ですかいきなり!」
男は必死に弁明しているが真人と謙吾には聞こえていないようだ。
恭介は一度立ち止まり、僕のほうへ振り向き真っ直ぐな目で叫んだ。

「いけぇ!理樹!鈴はお前が説得しろ!!」

恭介は僕の思いを見透かしているようだった。


「もう迷うな!とっとと行けええええええええ」


僕はその声に後を押されるように河川敷に沿う急斜面の芝生を滑り降りていった。


 

もしあの時、僕が恭介の手を取らず、ずっと殻に閉じこもっていれば
       
きっと・・・永遠にこんな苦しい思いをしなずにすんだのだろう



この二人の名も顔も知らない他人だとしたら


・・・あの風景を素直に見惚れられていただろう・・・。




この二人の名も顔も知らない他人だとしたら



・・・こんな胸の痛みを、辛さを、悲しみを、

生きる恐さと過酷さを・・・理不尽さをもう一度知らないですんだのだろう



             






・・・・それでも・・・・





もし僕があの手を引かなければ・・・







「リキ!!ふぁいとですー!!」

・・・クド・・・

「りんちゃんをたのんだよー!!」

・・・小毬さん・・・

「責任重大ですヨーー!!」

・・・葉留佳さん・・・

「説得できるのは君だけだぞ!理樹君!」

・・・来ヶ谷さん・・・

「理樹ぃ!安心しろ!こっちは問題ねぇぞ!後はお前だけだ!!」

・・・真人・・・

「いけぇ!今の理樹なら大丈夫だ!!」

・・・謙吾・・・

「理樹!おまえはもう十分に強くなった!鈴も、昔から考えると、ずっと強くなった!」

・・・恭介・・・

「だから鈴を連れてこの先へ進め!それが最初の一歩だ。」

恭介はもう一度だけこちらを向き大声で叫んだ。


「鈴の彼氏はお前以外誰がいるっていうんだよ!!?」





みんなが芝生の斜面を滑り降りていく僕に言葉を投げかけてくれた。







もし僕があの手を引かなければ・・・

   
僕は何物にも変えられない大切で、かけがえの無いたくさんの仲間達と
       
たくさんの素敵でかけがえの無い時間を・・・

        

永遠に知ることはなかっただろう







斜面は思ったよりも急角度で、着地する際勢いをうまく削ぐことが出来なかったため河川敷に無造作に転がっている石の散らばった地面の上に転がってしまった。
今更ながら、階段を使えばよかったかなぁと思った。でもそんな悠長にしていられない。不意に上の道から急斜面の芝生を伝って降りてきた僕の姿は相当異様な光景だったのか、ずっと石を跳ねさせることに興じていた少年たちは皆こちらを凝視している。僕はそんなものには目もくれず、まだ小さく猫の声のするほうへと走っていった。

           

・・・もしも・・・


    


鈴は河川敷の川の近くに鬱蒼と生えている背の高いススキのそばでしゃがみ込んでいた

「・・・おまえ、おなかが空いてただけだったんだな…うん・・よかった」

鈴の傍には綺麗に中身の無くなったペットフードの空き缶と、満足そうに鈴の足元に寄り添ってくる猫がいた。鈴は優しい微笑でその猫の頭を撫でやっていた。




・・・もしも、僕があの時手を引かなければ・・・




この少女の、温かさを知らなかった。 
 



「鈴」



ビクッと鈴の身体が驚くように反応する。そろ・・・とゆっくりこちらに顔を向ける。


「・・・・なんだ。理樹か・・って理樹!?」

一度安堵したように肩の力が抜けた鈴だったのだが、急に現れた僕に驚き、またビクッと身体が大きく震えた。それから何故今までいなかったのに急に現れた僕の存在について何とか解釈しようとしているようだ・・・。

「・・あぁ!そうか。おまえは実は理樹の3分の1の桧山だな?」




この少女の、愛らしさを知らなかった。


「・・・鈴・・・」



    この少女の、名前でさえ知らなかった。








「あのね、鈴・・・僕は鈴のことが好きだ」

         





人を愛おしいと思うことも
 
                  

恋をするということも                               
           


好きな娘に思いを伝えるのが、こんなにも胸が高鳴るということも


         


僕は何一つ知りはしなかったのだ



  




「・・・・え?理樹・・・いま・・・」


鈴は最初何か理解しがたいものを見るような目つきで僕のほうを向いていたが、徐々に

意味を理解していったのか、無言で顔を俯かせた。


僕も鈴の見慣れないそんな姿に急に自分の言ったことの大きさと、気恥ずかしさに襲わ

れ次の言葉を発することが出来なかった・・・。


沈黙が流れる。鈴も僕も何故か次の言葉が言い出せなかった。誰でもいい、この沈黙を破って欲しかった。でも、先程遊んでいた少年たちも・・・上の道を通る車の音も、鈴が助けた野良猫でさえ声を発そうとはしなかった。


まるで、時間が止まったようだった


なんとか時間が動いていると確信できたのは、

遠くの大橋の上を通るかすかな電車の音と
目の前を泳ぐように飛ぶ多くの赤トンボの姿のお陰だった。



不意に赤トンボが視界から散り失せる。気付くと僕の横を一陣の風が舞った。

風はススキや水面と共に鈴の髪もなびかせた。

表情は良く見えなかった・・・でも、



鈴の顔は夕焼けで照らされてか、

それとも気恥ずかしさか、


鈴の頬はほんのりと淡い紅色がうつっていた




伝えよう




殻に閉じこもらない、勇気を持って前へ、この数日で何度も何度も
学んだとても大事なこと。

意を決する    
          
               
この沈黙を破りにかかった











「だから・・・僕は・・さ。鈴の幸せを望」        






「「「「「「「ちょぉっとまったああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」」」」」」」
         

みんな総出で・・・





あまりに突然で唐突のみんなの登場に固まる僕と顔を真っ赤にしたままの鈴。・・・というかこのノリ、前にも無かった?・・・ってそれより!

「恭介!?皆!なにやってるのさ?」

男を担ぎ暴走していった真人と謙吾、そしてそれを追った恭介と皆気まずそう表情で戻ってきていた。そしてなんとあの男までもが苦笑いしたような顔でみんなの中に紛れ込んでいた。一体何があったのだろう・・・?



















「勘違い!?」







僕は素っ頓狂な声を上げていた。僕は今きっと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているに違いない。

「・・・あぁ。全部俺たちの壮大な勘違いだったようだ・・・」
恭介が苦々しくそう言い放つ。
「ぇ・・えぇ!?で・・でも・・だって・・・!」
僕の頭は急な展開に頭がついていかず、必死に理解しようと右脳左脳が縦横無尽に右往左往したが結局訳が分からないままでうまく言葉が出てこなかった。

「あの人は浮気なんてしていないし、それにびっくりするほど彼女一筋みたいですネ」

「そ・・それでも!今日のはじゃあ・・」

「なんかそいつの彼女が今日誕生日らしいんだよ。それで仲が良くて、年の近い鈴に彼女の誕生日プレゼントを選んで欲しかったらしい。ちなみに俺たちが勘違いするほどの親しさは寮長繋がりで顔見知りだったらしいぜ」

「でも!・・告白は・・・」

「理樹君・・彼の口調を思い出すが良い」

あの男の口調?たしか飄々としたような流暢な敬語・・・


「それでは、そんな敬語で一緒に来てくださいと言おうとすれば
 どういえば伝わるかな?」

それは・・・すみませんが少し付き合って・・・


「・・・・あ・・」

「そういうわけだよ」



「私達一般人にはまだ未発売のものを売って貰えなくてですね、それでも前に頂いた未だ出払っていないもんぺちが彼女の猫がとても好きらしいんですよ。なので少し付き合っていただけませんか?・・・とあの時言いましたが・・・」

不意に少し距離を置いて僕達を見ていた男だったが気付けば話に参入していた。
ちなみに鈴はこの話には参加せずどこか上の空な感じで離れて猫と戯れていた。

「あの時私が携帯落としちゃったのと、ノイズの悪さで聞き逃しちゃったんだね・・・」


そういえば、男がそのときそのままそのセリフを言えば音が途切れている間に理由の部分が話されていることになる・・・・鈴が話さなかったのはきっと誕生パーティを内緒にするためのことだったんだろう。僕達に話してもどうしようも無いのだが、変にそういうところは律儀な鈴なのだ・・・ということは・・つまり・・・


「・・・全部・・・勘違い・・・?」


「そういうことだな・・」

そしたら僕達は・・・本当に失礼なことをしてしまったのでは・・・
「えっと・・・その・・・本当にすいませんでした・・!」

力の限り謝った

「いえいえ。私は少しも気にしてはいませんよ」
男の人は本当にちっとも気にしていないような素振りで僕を宥めてくれた。
あぁなんて大人な人なんだろう・・・だって僕達は

「俺らボロカス言ってたもんな・・」

ぐさっ・・・と音を立てるように真人の歯に衣着せぬ言葉が僕の良心を穿った

「ついさっきまで憎悪がどうのって言ってましたからネ」

「裏切りもどうの・・・とかも言っていたな」

「一人称が今は男の人だけど、さっきまであの男だったもんね・・・」

「しかもリキ途中殺意も抱いてたのです うぉんと きる ひむ なのです!」

「そして僕が彼女にはぁはぁとかもいっていたな」

「ほんっとうに!すいませんでしたああぁっ!!」
全精力をかけて謝った。あと来ヶ谷さん!それ言ったの僕じゃないよ

「僕が彼女にはぁはぁ・・・ですか・・・」
しかも最悪なことにそこに食いついた!確かに色々ヤバイけどそれ以外にも殺意とか色々あったでしょ!そしてさっきまでとても涼しく受け流していただったのに、心なし表情が苦々しいよ!
「違います!誤解ですから!」
「ぁ・・・そうです・・・か・・」
なんか声が小さくなってるん出すけど!確実に信じてませんよね!?

「まぁ・・なんだ・・。ほんとにすまなかったな」
恭介が察しってくれたのか話題を変えてくれた。

「いえ。気にしていませんよ」
「・・・いや・・このままだと寝つきが悪い。せめてもの罪滅ぼしに何かできないか?」

確かにそうだ・・・僕だって(来ヶ谷さんのは抜きにして)色々失礼なことを言ってきた。
それにとても自然に受け止めてくれてはいるが、男の人はさっきから多少浮かない顔をしていた。しかし、恭介の提案にさっきまでどこか浮かなかった表情が綻んだ。つまり何か今困っているのだ。きっと恭介はそこを見抜いて謝罪の意味をこめてその問題を解決しようといっているのだ。
「・・・なんでも構いませんか・・?」

「あぁ!何でも来い!」
男の人は少し悩む素振りを見せた。そして何かを悟ったように恭介と僕達の目を見た。


「・・・では、一つだけ・・・」









   




      


「「「「「「「「「「「誕生日オメデトーーーーーーーーーーー!!!!!!!」」」」」」」」」」」



ぱぁんと小気味よい破裂音と共に皆の祝福の声が学食いっぱいに広がる。学食は食事を始めるには少し遅い時間なのと、学食のおばちゃん達に許可をもらって皆が夕食の時間に僕達は部屋の内装を行っていたためきっとほかの生徒もきっと厄介ごとになるだろうと察してか学食にはリトルバスターズのメンバーとあの男の人と寮長の12人しかいなかったため、やるなら思い切りをテーマにクラッカーを幾つも破裂させていった。
・・・後片付けが大変そうだ・・・

「にしても持ってきすぎではないですかネ・・・クラッカー・・・」

葉留佳さんの言うとおり確かに恭介の持ってきたクラッカーの量は異常だ。
学食の机一つ分を埋め尽くす様に覆いかぶさっている。恭介はもちろん真人や謙吾、
葉留佳さんにクドに小毬さんも皆惜しげなくクラッカーを長篠の戦いの織田軍の様に連射していた。・・・いやぁほんとに後片付けが大変だ・・・
ちなみに戦に参加していない鈴と寮長さん、来ヶ谷さんとそしていつの間にか輪に加わっていた西園さん達は彼等を他所に楽しそうに談笑しながら大量の食券を投入して振舞われた豪華絢爛な料理に舌鼓を打っていた。

「くらえ、秘技!筋肉三連星!!!」
そう言って真人は右手の指の間にクラッカーをめい一杯挟み、一気に紐を引いた。
ぱぁんと大きな破裂音が鳴り響くと同時に真人の手からまるでくすだまを割ったように大量の色テープと細かく刻まれた色紙が辺りに飛び散った。
「ぐあああぁ!む、むねんなりーーー!」
「わふー!無念ですーーー!!」
「くそっ!無念だ」
「うわあぁん!無念なりー」
いつの間にかクラッカーで撃ち合いをしている。

「ふっ・・・貴様等の敗因は・・・筋肉さ!」
真人がよく分からない決め台詞を決めていた。そんな真人に後ろから一人の男が迫っていた。・・・まぁ誰かは言うまでもないが・・・
「甘い!真人甘いぜ!」
ぱぁんと勝利の余韻に浸っている真人に恭介は後ろから射撃する。
「くぅ・・・!恭介・・・む、無念なりっ!」
真人は悔しがって空を仰ぐ。そんな真人に今度はさっき真人にやられた謙吾たちが一斉に真人に砲撃を浴びせる。
「ぬぉおおおっ!5人がかりとは卑怯な!てめぇら楽しいか?筋肉をいじめてたのしいかああああああああああぁぁぁぁっ!!!!!!!!!??」

真人が余りに理不尽な集中攻撃についに堪忍袋の緒が切れたらしく机の上にまだまだ減る様子を見せないクラッカーを今度は指を全て使用し4つのクラッカーを片手に持ち恭介たちに向かって発砲する


「筋肉の真髄!筋肉四重奏 (マッスルカルテット)!!!!」

      
             「甘い!(21)(21)砲 (ロリロリキャノン)!!!!」


空中で色テープが交錯し、圧倒的な量で放たれた真人の砲撃はたった一つ分のクラッカーの砲撃で相殺したように力なく地面に落ちた。

「馬鹿な!俺のほうが多いはずなのに・・・・!!?」

「ふっ!問題は量じゃない!その一つのショットに対する・・・情熱さ!!」

「情熱だと!?それだけで俺の筋肉をも凌駕するとは・・・上等だあああああぁ!!!」

真人がもう一度四つのクラッカーを指に挟み勢い良く恭介に放つ、それを恭介は紙一重で避けクラッカーを真人に放つ。
「三枝!能美!神北!真人と恭介をまとめて倒す。行くぞ!」
「イエッサー!」「らじゃーなのです」「よぉし!いっくよー!」
恭介と真人の戦いの輪を傍観に徹していた謙吾たちが参入し戦闘は一気に拡大していった。あちらこちらから色テープと無念なりーという声が飛び交っていた。

そんな皆の姿を僕と男の人は乾杯の際振舞われたオレンジジュースを片手に見ていた

「本当に・・・楽しそうですね」
からん、と男の人が右手に持ったオレンジジュース口に含む際、コップの中の氷が静かに鳴る。・・・なんというか、何をやっても絵になる人だなぁ・・。
歳はひとつ程しか変わらないのに大人びた雰囲気はきっと幾つも離れているだろう。
「え、えぇ」

「貴方は・・・よい友人達を持ったものです・・」
「はい」
と、不意に恭介たちを見ていた彼の視線は優しそうな瞳で僕に向けられた。
「それと彼女・・・大事にしてあげてくださいよ」

そう言って視線を恭介達から寮長と談笑している鈴に視線を向けた

「彼女は・・まだ付き合いの短い僕が言うのもなんですけど、とても強い心・・・信念というべき思いを持っています。特に彼女の心の中心はとても丈夫なもので支えられています・・・でもそれゆえにその柱が折れてしまえば、彼女の心はきっと支えを失い崩れるほどとてもか弱い心です・・・」

彼はまだ中身が半分ほど残っているコップを空いた机の上に置くと、優しそうな瞳が少し真剣味をひめて僕を見据えた。

「彼女はこの先の人生のどこかで道に迷ってしまったとき、きっと何処とも知れない闇の中を永遠に迷い続けるでしょう・・・そうした時」
「大丈夫ですよ」
僕は即答した。余りの急な即答に少し男の人は面を食らっていた。

「僕は・・鈴が迷わないように・・・たとえそれが暗闇の中だったとしても・・・」

        僕は・・彼女の手をずっと握っていきますから

「・・・・・」 
男の人は真剣な顔で黙って聞いていた。恭介達の騒がしい声がよりいっそう大きく聞こえた。彼の柔和な表情はどこかへ消え去っていた。しかし急にフッっと含むように笑うと彼は元の穏やかな雰囲気に戻った。

「・・いやぁ・・彼女・・愛されてますね・・・」

言っている間は気付かなかったが僕はとても気恥ずかしいことを言っているんじゃないか?

「ぇ・・・えっと・・その・・・」

「フフッ・・・いえいえ。・・・・安心しました・・・貴方は彼女をとても大事に想っている・・・」
杞憂でしたね・・・と机の上においたオレンジジュースをもう一口、口に含んだ。

「・・・ずっとその気持ちを忘れないように・・・彼女持ちの先輩からのアドバイスです・・」
そういうとまたフフッと含み笑いをする。この人こんな人だったかなぁ・・さっきから笑いが一向に止まらず肩が微かに動き続けている。

「もし忘れたら・・・今度は本当に浮気されるかもしれませんよ・・・?」

「なっ・・・!?」

ぱぁんと言う音と共に先ほどまでとは勝るとも劣らぬ悲鳴が学食を木霊する。
見ると、まともに誕生パーティ参加していた鈴たちに真人の筋肉三連星が誤って直撃したらしい。自分達は参加していないのに理不尽な攻撃を受けたため来ヶ谷さんを筆頭に西園さん、鈴や鈴に促された寮長さんがクラッカーを手に取りバトルに参加していった。
しかし来ヶ谷さんが鬼神の如き活躍をしているが、総合は6対4なので鈴の反乱軍チームは少し押され気味だ。

「・・・さて・・・お互い彼女の危機のようですね・・・お話は終わりにして、彼氏として愛しの彼女を助けに行きましょうよ、直枝さん」

近くにあったまだ未使用のクラッカーを僕に手渡すと、彼は熾烈な戦いの輪に加わりに行った。僕も急いでその後を追った。







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