カチ・・・カチ・・・カチ・・・カチ・・・
綺麗な等間隔で時計は無機質な音を鳴らし続けている。
普段生活をしている時には意に介さぬようなかすかな音。
しかし、この沈黙が長期政権を握っているこの部屋にむなしく響き渡るに十分だった。



放課後、僕達はまたこの部屋に集まっていた。

{  大事な話がある。放課後、理樹の部屋に集合    恭介   }

昼休みに携帯に届いた一通のメール。僕は確信こそ無かったがこのメールが昨日の鈴
のことに関しているのだとすぐに分かった。教室を見渡す。
みんな携帯を見ている。小毬さんやクドは気まずそうにこちらを見ている。
そういえば結局昨日は遅かったため、あの会話は恭介とあの後すぐ学食から戻ってきた
謙吾と真人にしか話していない。そのためか皆は気まずさ故に今日は挨拶ぐらいしか会話していない。もしかしたら変に気を使ってくれているのかもしれない・・・・まぁ昨日の空気から何を話していい分から無い節はあっただろうが。来ヶ谷さんは真剣な顔つきで携帯の文面を見ていた、が、読み終わると微かに笑っていた。真人や謙吾は僕と同じようにメールの意味は分かっているのだが、意図が分からないといったところか「どういうことだ?」と目で訴えてきた。ちなみに僕も全く分かってない。
・・・だから、この部屋に恭介が居ないと言う事は、会話の起点が無い訳で・・・

「・・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・」
「・・・なぁ・・・」
「・・・・・」
             一切の会話が無い訳で・・・

頑張って、自らその起点になろうとしている真人だが、この部屋の空気から何を
話していいのか全く分からないのだろう・・・声をかけようとはしたが、言葉は続かず
時計と共にむなしく反響するだけだった・・・。
皆、本当に気まずそうにしている。さっきから気まずいという言葉しか使っていないが、
この空気を気まずい以外で形容出来る人はいないだろう。そんな気まずさを跳ね返してくれそうな恭介と・・・来ヶ谷さんはこの部屋にはいない。
昼休みのことといい来ヶ谷さんは何か知ってるんじゃないだろうか・・・。

「・・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・」
「・・・いやー・・・恭介はいったい何処で何やってるんだろうな・・・」
「・・・・・さぁな・・?」

今度は空気の改善に謙吾まで取り組んだがそれも暖簾に腕押しだったようで、
二人とも若干落ち込んでいた・・。

「・・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・」
「・・そ・そういや来ヶ谷の奴もいねぇじゃねぇか・・・」
「・・な・何だ気付いてなかったのか・・・・」

それでも、まだまだめげてはいないようだ。

「・・そりゃ・・お前・・あれだよ・・この筋肉に見惚れててだな・・・」
「・・・お・おいおいしっかりしろよ・・な・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・」

皆この空気では話し出せないのか、謙吾と真人の努力は一向に実らない・・・。

「・・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・」




「だあああぁぁっ!!こんな空気耐えられっかああぁぁっ!!!」

ついに真人が切れた。もともと落ち着きのあるといった行動は苦手な血気盛んな
青少年なので、この気まずい環境に順応できなかったのだろう。
「・・・真人・・」
「理樹!お前も元気だそうぜ!ほら筋肉さんがこむらがえったしようぜ!!」

「井ノ原さん・・!」
西園さんが真人を睨んでいる。・・・何というか、やっぱり気を使ってくれていたんだ
なぁ・・・。それでも真人と謙吾のおかげで部屋の空気が変わった。
少なくとも先程までのピリピリしたような緊迫状態からは緩まったようだ。
・・・ありがとう・・真人、謙吾・・・。心の中で親友達に感謝し、言った・・・

「みんな僕はね・・鈴を「いいんだよ!理樹はなぁ、鈴の親友としてこの話を応援するって言ってんだよ!!」
            
・・・・真人が・・・・

「「「「ええええええぇぇぇぇっ!!!!!!」」」」
まぁ、それは良しとして。皆この真人の発言に驚いているようだ。
さっきまで真人を睨んでいた目が、一気に僕へと向けられた。
「り、理樹くん!ホントなの!?」
「わふーっ!?」

「・・・うん・・・」

また沈黙・・・でも心なしかさっきまでの重々しい沈黙ではない気がする。
みんなそれぞれ難しい顔で考え込んでいる。それでも何処と無くさっきより
緩やかな雰囲気だ。僕は謙吾と真人に表情でありがとうと伝えた。
謙吾は理解したようで涼しい顔で笑い、親指を立てて返事してくれた。
真人は僕と謙吾を交互に見合わせ、理解したのか、隆々な上腕二等筋を見せてくれた。
・・と、不意に悩みこんでいた小毬さんの考えがまとまったようで急に「よし」と
と声を上げ僕の目の前に近づき人差し指をつきつけた。

「聞かなかったことにしよう」

現実逃避!?

「おっけー?」
「オッケー・・・じゃないよ!?」

「でもいいんですかネ?・・・その・・諦めちゃって・・」
葉留佳さんは真面目な顔で僕に問いかけた。
「うん・・いいんだ・・」
「でも。ホントは諦めたくないんですよネ?」
葉留佳さんは僕の心を見透かすようにそれを聞いてくる。
見ると皆同じ疑問ようで質問に対して相槌を打っている。
「うん・・・・でもね・・、・・いいんだ・・・。鈴が望むのだったら、僕は我が侭は言えない・・・」
「・・・・そっか・・・・」
正直・・僕は諦め切れていなかったのだ。今でも未練は心の中に残留している。
「・・・・って終わり終わり!ごめん!しんみりしちゃったね。はいはーい
暗い話はおしまーい!ポジティブに生きましょうヨ!」
僕の気持ちを察してくれたのか、葉留佳さんは手をパンパンと打ち鳴らし、
しんみりとしてしまった皆を盛り上げる。
「そ・・そうですよね!そうですよリキ!ふろんと ごー です」
「そうだよー。理樹くんも幸せになろうよ」
「・・・そうですよ。よく見渡せば、より取り見取りではないですか・・恭介さんとか・・・」
皆もそれを機に我先にと盛り上がり始める。・・・西園さんが何て言ったかはとても気になるが・・・でも、やっぱり葉留佳さんには助けられる。この場をこんな風に一気に明るくしてくれたんだ。・・・やっぱり葉留佳さんは

「よぉーしっ!それでは理樹くん!いまここで次の彼女を決めてもらおうか!」

葉留佳さああああぁぁぁん!!!!!!!!??

ちょ・・・えぇ!?何言ってんのこの人は!もう脈絡無いとかそういうレベルじゃ
無かったよ!?
「ふええええぇぇっ!?そんな!理樹くんまだ困るよ!・・・でも・・理樹くんなら・・・・」
なにが!?何がまだなの!?
「リキ・・・えっと・・その・・・一緒に絵を描きませんか?」
クドまで!?絵って何!そして何なのそのボウルに入ってる黒いの!?
「・・・・彼氏の間違いでは・・・?」
西園さんは何で僕と恭介をくっつけたがるの!?
「・・嫌ですか?・・・・なんなら謙吾さんでも・・・・・・ぽっ・・・・」
「ちょ!西園さん!僕のモノローグ読まないでよ!!それと良くないよ」
「残念です・・・・」
「なぁに。恋人は筋肉でいいじゃねぇか!筋肉は裏切らねぇぜ?」
「・・・美しくないです」
西園さんはさっきより真人を睨んでる。真人って西園さんに何かしたのかなぁ?
「何言ってんだ!筋肉は世界を救うんだぜ・・・・って西園?」
「・・・認めない認めない私は断じて認めない。私が・・いや世界が求めるのは美少年と少女のような顔立ちの少年との妖艶な絡み。決して貴方のような野獣のような風貌な方とのカップリングなど全国のユーザーの方々はそんなもの望んではいない。そんなものは美しくない美しくない美しくない美しくない美しくないうつく」
西園さんが据わった目で真人を凝視し間髪いれずに次々と言葉を繰り出して言っている。真人は急な変貌に面をくらい西園さんの言葉に口を挟めずきょとんとした目で見ていたが、美しくない、と抑揚の無い声で連呼された辺りから真人の大きな身体が震えだした。・・・正直僕も恐い。
不意に、ギィ・・・と軋んだ様な音が真人に繰り出される美しくないの声に混じり僕の耳に入ってくる。入り口を見る。恭介・・とその後ろにいた来ヶ谷さん達は狂気に包まれた部屋の様子を見て目を疑っているようだ。
「・・・恭介・・・」
僕の声はもう一度聞こえてきたギィという恭介の退室の音に阻まれた。
「ちょ・・!恭介!?」
僕は急いでもう一度閉められたドアを開け放つ。
恭介は扉の前でこめかみを押さえ理解するために落ち着くようにと自分に向かって、そうだ俺は打ち勝ってきたじゃないかとぶつぶつ唱えている。
「・・・えっと・・・恭・・介・・・?」
「・・・・・あぁすまない理樹。俺は正直多少は理解力の人間だと思っていたのだが・・・だが俺にあの空気を読めというのは少々酷な話だぜ」
「あぁおねーさんも同感だ・・・もっと、変な空気が流れてると思ったのだが・・・はたして喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら・・・」
大丈夫だよ来ヶ谷さん。僕も全く同じような気持ちだから・・・・主に悲しみだけど・・・






「・・・・で、どういう用件なんだ?恭介?」
謙吾が話を切り出す。何だかんだと盛り上がりを見せたが結局本題はこれだ。
昼休みのメール「 大事な話がある 」それだけしか用件のかかれていなかった
メールの内容に皆疑問を覚えたらしく一言一句聞き逃すまいと、真剣に聞き入っている。

「まず、内容は恐らく皆察しの通りだ。・・・鈴のことについてだ・・」
皆、そこにはやはり表情に驚愕の色は無く、問題はそこではなく次だと恭介を囃し立てているようだった。
「遅れたのは少し確証が掴めずにいてな・・・その点は来ヶ谷が憂慮してくれた」
それで来ヶ谷さんもいなかったのか・・・。でも皆此処にも反応は無かった。恐らく来ヶ谷さんなら早々に事態を把握して行動に移っていたことは皆理解のうえだったに違いない。来ヶ谷さん・・信用されてるなぁ。
「前説はいいんだよ!いいから本題に入ってくれ!」
真人は無意識のうちに声が大きくなっていた。周りの皆もそうだ、そろそろ限界に近かった。僕だって気になって仕方がない。
そして、その勢いに催促されたのか、恭介は本題を語りだす。

「・・・あぁ、いいだろう。・・・実はな・・・」

     






     「 鈴に告白したあの男は、ずっと前から彼女がいるらしい 」




たった文にすれば一行程度の短い言葉に僕は理解が追いつかなかった。
ゆっくり一つ一つ理解していこう。
まず・・・なんだって? 鈴に告白したあの男・・・それは昨日携帯を介して声を聞いていた名前も、顔も知らない男だ。
それから・・・  

           ずっと前から彼女がいる?

これはどういうことだ?鈴に告白したのは昨日、即ち少なくともずっと前などという表現方法は使わないはずだ。じゃあどういうことだ・・・?
目を背けるな、直枝理樹!考えろ。つまり・・・・

     「・・・鈴以外にも・・・彼女がいる・・・ってこと?」

恭介は無言で頷いた。表情は無い。でもきっと心の中は僕や皆とは比べ物にならないくらい怒りが湧き上がっているはずだ・・・。
「鈴に告白した男がな、昔何処かで聞いた名前だったんだ。それで気になってその男を俺が調べたところ・・・・というわけさ。・・詳しくは来ヶ谷聞いてくれ」
恐らく此処から先の折り入った話は恭介も掴めなかったのだろう。
「相手の女性は・・・君もよく知っているだろう。あの寮長を任されている娘だ」
よく知っているとまではいわないものの、それなりに知っている関係だ。
僕やクド・・・それから鈴はよく知っているはずだ。
「前から・・・ってことはまだその彼女との関係は続いてるってコトですよネ・・・?」
「あぁ。今でも時折二人で猫を可愛がっている姿が目撃されているらしいからな・・・」
「・・・ってこたぁその男・・・。けっ!根性が腐ってやがるな」
「同感だ。今にも吊るし上げたい気分だ・・・」
僕もだ。悪いけど・・全てが間違いじゃなくて、ホントだったとしたら・・・
その男がやっているのは寮長さんと・・・そして鈴に対する確固たる裏切りだ・・・!
もしそれで鈴を悲しませるような真似をしたら・・・たぶんこの中にいる誰よりも
真っ先に理性を保てずに犯罪に走ってしまうかもしれない。そうなったら多分
その男には2リットル程血を吐いてもらう程度じゃ済まないだろう・・・。
「リキ大丈夫ですか?・・・とても恐い顔をしています・・・」
「・・あぁ。・・ごめんね・・・クド・・」
きっと今の僕は怒りを抑え切れていないのだろう。こんなことを考えたのは思えば
生まれてから初めてかもしれない。・・・この話は、それほどまでに理不尽な話だ。
「理樹・・皆。そのことについて話がある、メールで伝えた・・・大事な話だ・・」
恭介は改めてそういった。皆も、そしてもちろん僕も驚いていた。
何故ならさっきの話がメールの内容だと思っていたからだ。
「実はな・・・来ヶ谷がな、今度鈴とその男が二人で出かける日と時間を聞き出してくれたそうだ。」
「日にちは今週の日曜日、時間は11:00、場所は駅前だ。・・・聞き出した場所と
 方法は置いておいて信じられる情報なのは確かだ」
来ヶ谷さんはスラスラと語りだす。いつもながらこの人はすごいと思う。きっと僕だけじゃ、こんなところに行き着くことは無かっただろう。
すると恭介が僕を真っ直ぐに見つめ・・・大事な話を切り出した。
「理樹・・・俺は日曜日、一日様子を見る。そこで最後の判断を行う。
そして場合によっては・・・俺はこのことを鈴に伝えようと思う・・・」
恭介は一息置いて僕達を見渡した。言わずもがな、是非を問うているようだ・・・
「いいんじゃねぇか」
一番に恭介に答えを返したのは真人だった。
「俺も同感だな・・」
「うん。いいんじゃないかな?」
「わたしも賛成です」
「・・・・いいと思います」
真人に続くように皆も次々と賛成していく。・・・でも僕は決めかねていた。鈴は確かに強くなった。人見知りも無くなった。でも此処で鈴が裏切られていたことを知ったとき鈴は何事も無かったように、一切傷を負わないですむだろうか?・・・僕はここで安易に賛成しても良いのか?
「・・・僕は・・・・」
次の言葉が発せ無かった。どちらの言葉でも鈴が傷つかない自信がなかった
「理樹・・・お前はどうする・・・?」
「・・・知らなければいいこともある、鈴は強くなった・・・でも、で鈴が裏切られていたことを知ったとき、鈴は悲しむんじゃないかな・・・」
「では理樹君・・・」
来ヶ谷さんがここで初めて意見を出した。
「・・・確かに嘘をつけば・・真実を知らなければいいこともある。しかしだ理樹君それじゃあ何も解決しないのではないかな?嘘は所詮嘘だ。何時か綻びが出る。そして彼女がもう後戻りが出来なくなったとき、そのときになって始めて真実を知ればどうなる?・・今日の一針は明日の十針という諺がある、問題は先送りにしてしまえばいずれ取り返しが付かないほど大きくなってしまうのだよ・・・」
・・・確か似そうだ。全くだった。言い返す余地など・・微塵も無かった・・・
「それに直枝さん・・・もしもそれを言わないで、後悔はしませんか?」
「そうですよリキ!そんな人と結ばれても決して幸せにはなれないのです。
 ふろんと いず ぶらっくなのです」
・・・クドはお先真っ暗といいたかったのかな?・・・でもその通りだ。
そんな嘘で塗り固められた幸せ、うれしくもなんとも無い。何故そんなことが真っ先
思いつかなかったのだろうか?それに僕は
 
           「僕は鈴を信じている」

そう恭介に言ったはずだ。
「それに理樹くん・・」
葉留佳さんがさっきと同じように改まって、真面目な表情で僕を見つめていた。
「でも。ホントは諦めたくないんですよネ?」
葉留佳さんは僕の心を見透かすようにさっきと同じそれを聞いてくる。
見ると皆僕を元気付けるように相槌を打っている。
正直・・僕は諦め切れていなかったのだ。今でも未練は心の中に残留している。
なら・・何を迷う必要があったのだろうか?

「理樹・・お前はどうする・・・?」

僕はさっきと同じ質問に僕は迷い無く答えた。

「いいんじゃないかな?」

あの夜とまるで同じ回答、それでも意味は全く異なった。
恭介は同じ回答に、あの時見せた翳りは無くどこか綻んだ表情で言った。

「・・・異論は無し・・・だな?」


全員頷いた。もちろん僕もそうだ。恭介は立ち上がると、いつもと変わらない口調でいつもの様に迷い無く高らかに宣言した。






     「よし!いくぞ!ミッションスタートだ!!!」







つづく