『唯湖さんの早とちり』



 学園一のお騒がせ集団だった「リトルバスターズ」の直枝理樹と来ヶ谷唯湖が交際を始めてはや数年……
大学生になった二人はアパートの一室を借りて同棲生活を始めた。
 
これはそんな二人の日常の中の一幕のお話。


「・・・ん? もう朝か」

 翌日から二人とも連休と言う事で激しく愛し合い、そのまま眠りについた数時間後に唯湖は目を覚ました。
文字通り一糸纏わぬ姿でベッドのシーツに包まったまま、無防備に寝息を立てている愛しい男の顔を眺める。

「全く、こんなに可愛い顔していながら、中身はケダモノなんだからな君は……」
「私をここまで骨抜きにしたんだ、ちゃんと責任は取って貰うぞ理樹君?」

昨晩さんざん啼かされたせいで、ちょっと怒ったような口調で、でも優しく微笑みながら理樹の頬に口付けを落とした。
しかし、この後の理樹の台詞から甘いムードは一気に吹き飛んだ。
「こら、『ゆき』。くすぐったいよ?」
「・・・っ!?」

さっきまで笑顔だった唯湖の顔が瞬時に絶対零度の領域にまで凍りつく。
彼女の心象風景を絵にして表すならば、ゴロゴロピシャーンと雷が轟いてるだろう。
そして、それから活火山の噴火もかくやと言うほど怒りのボルテージが上がっていく。

「地獄へ堕ちろ、この浮気者っ!」
「うわああああああああああああああああああああああああああ!?」
怒り爆発な唯湖は理樹をベッドから蹴り落とした。

「あいたたたたたたた〜、朝から何なの?」
「ええい五月蝿い黙れこの浮気者っ!自分の胸に手を当てて考えて見るが良い」
「ええ?」」
「ふんっ!」

ベッドから蹴り落とされて、その上唯湖に一方的に怒られ、理樹は困惑するしかなかった。
そして、それから1時間経った今、理樹の目の前には『私は不機嫌だ』と言う気持ちを隠すそぶりすら見せず、つまらなさそうにポッキーをかじる唯湖の姿が有った。
 普段の唯湖ならば「ほらほら理樹君♪」と言いつつポッキーゲームの要領で口移しで食べさせようとするのだが、今の唯湖は暗いオーラを漂わせつつ、黙々とかじって
いるあたり彼女の怒りは尋常ではないと理樹にも見てとれた。

「ねぇ唯湖さんどうしてそんなに怒ってのさ?」
「私は怒ってなどいない」
(いやいやどう見ても怒ってるって、怒らせるような事した覚えは無いけど、こっちから折れた方が良さそうだなぁ)
「今日は、天気も良いみたいだからどこかに出かけない? 目一杯騒げば気持ちも晴れると思うよ?」
「生憎だがそんな気にはなれんな、一人で寂しく出かけると良い」
「そんなつれないこと言わないでよ。唯湖さんが一緒じゃなきゃつまらないよ」
「そんな事私の知った事じゃないな」
(ううっ、取りつく島もないなぁ)

それからも唯湖の不機嫌さはとどまる事を知らず、昼と晩の食事を材料を理樹に放り投げて「作れ!」と無言の圧力を掛けたり(結局理樹が作った)、
普段はあまり見ないテレビを占領したり、風呂だって二日か三日に一度は「さぁ楽しいバスターイムだ」と恥かしがる理樹を引き摺りながら無理矢理一緒に入るのに
別々だったりともう散々であった。

「うぅ、本当に唯湖さんどうしちゃんだろう? 仕方ない、今日はもうあきらめて明日もう一度説得してみよう・・・」

そう考えて寝ようと準備を始めた理樹だったが・・・

「今日は君と一緒のベッドで寝る気分じゃないから床で寝てくれ。そうだな、布団で簀巻きになってベランダに吊るされてくれるならなお良いな?」
「唯湖さん、いくら僕でもそこまで言われるような事した覚え無いよっ! 今日は本当におかしいよ唯湖さん?」

あまりにも理不尽な物言いに、とうとう理樹も怒り出す。

「だったらこんな可愛くないおかしな女なんか放って『ゆき』とか言う子の所にでも行けば良いじゃないか!」
「へ? 誰? その『ゆき』って人? 僕全然記憶に無いんだけど?」
「君が今朝寝言で言ってたじゃないか! どうせどこかで女の子引っ掛けて来たんだろう? この天然スケコマシめっ!」
「僕にはナンパなんてする甲斐性なんて無いってばっ!」
「だったら、それを証明して見せろ」
「・・・分かった」

あらぬ嫌疑技をかけられた理樹は腕を組んで天井を見上げ、真剣に考え始める。

「う〜ん『ゆき』って人かぁ。誰だったかなぁ?」
「私に下手な言い訳は通用しないからな」
「あ〜っ!そうかっ、そういう事かっ!僕の知り合いに居るはず無いよ、その子はまだ存在すらしてないんだから」
「どういう事だ?」

ポクポクポクと言うSEが入りそうなポーズで考えてから五分後、今度はチーンというSEが入りそうな勢いで、手をぽんと叩いて一人納得する理樹。
焦れた唯湖は理樹に説明を求める。

「今朝、僕が見てた夢ってね、僕と唯湖さんが夫婦になって、そして子供が生まれてその子と楽しく過ごすそんな夢だったんだ」
「何っ? じゃ、じゃあ『ゆき』って名前はまさか・・・」
「そう、唯湖さんの『唯』と僕の名前理樹の『樹』を取って『唯樹』だよ。 もし子供が出来たらその名前にしたかったんだ。男の子でも女の子でもね」
「それじゃあ全ては私の勘違い?」
「そういう事になるね」
「ぐはあっ」

照れながら夢の内容を語る理樹と、あまりにもベタなオチにさしもの唯湖も灰になって崩れ落ちた。

「嬉しいな、唯湖さんはそこまで真剣に僕の事を愛してくれてるんだ」
「いや、だから、その、〜〜〜〜〜〜〜〜っ」

一緒に寝る事を許された理樹はここぞとばかりに唯湖に攻勢をかける。

「だいたい、男か女か分かり辛い名前なんてつけるからこうなるんだ。もう少しネーミングセンスを磨くべきだ君は」
「でもね、僕は僕と唯湖さんの子供だってはっきり分かる名前にしたかったんだ」
(またそう言う嬉し恥かしな台詞をさらっと言うんだからな君は)

悔し紛れに反論するも、理樹が微笑みながら語る言葉に顔を赤くしながら枕に顔を埋める唯湖。

「僕は唯湖さんとの子供が欲しいな。両親を早くに亡くした僕が立派な父親になれるかなんて自信は無いけどね」
「そう言う仮定は無意味だ。親が居なくても立派に親をやっている人も居るし、両親が健在でその背中を見ていても、親足りえない輩は大勢居る」
「子供を産んだから親になるってものでも無いだろう? 全ては生まれてから私達がどう育てるかだよ」
「うん、そうだね」
「私達は、その為に努力をすれば良いだけだ」
「じゃあ二人で頑張ろうね?」
「子作りをか?」
「それも含めて、ね?」
「むぅ、そんなにあっさりスルーされたら悲しいぞ」
「だってそっちの方も頑張るつもりだしさ、と言う訳だから・・・」
「り、理樹君?」

理樹は笑っていた、確かに笑ってはいたが、それはとてもとても黒い笑み。流石の唯湖すらドン引きしてしまうほどに。
(い、いかん、理樹君が完全にキれている)

「僕さ、ヤキモチ焼いて貰えて凄く嬉しかったんだけど、でも信じてもらえなくて悲しくもあったんだよねぇ?僕はこんなに唯湖さんだけを見てると言うのに」
「いや、だからその、それは悪かった」
「まぁ一方的に責めるつもりは無いよ。だから僕は唯湖さんへの愛をその体にもう一度刻み込んであげるね?」
「ま、待て理樹君。落ち着けっ」

青ざめて後ずさりするがそこは狭いベッドの上、すぐに理樹に追い詰められてしまう。

「僕は至って冷静だよ? 幸い明日も休日だし、一日中ベッドで過ごすのも悪くないよね?」
「いや、流石にそれは不健全だと私は思うぞ?」
「唯湖さんが言っても説得力皆無だよ。今日は僕も最初っから全力全開で行くから覚悟してね?」
「ひああああああああああああああああああああああん」
翌日、何かを成し遂げたかのようなイイ笑顔ですやすやと眠る理樹と、完全に腰が砕け、涙目で「理樹君の馬鹿」といじける唯湖の姿が有ったと言う。


それからかなりの時が流れて・・・

「と、僕と唯湖さんにはこういう事も有ったんだよ?」
「マジかよ父さん?あの母さんがんな乙女チックな態度を?」
「そんな事で嘘をついてもしょうがないでしょ?」
「いや〜、全然信じらんねぇ」

とある日理樹は自分の息子である『唯樹』にその時の事を語っていた。(夜の営みの部分は省いてはいたが)
唯湖には可愛いってイメージはまったく感じないと言う息子に、唯湖は本当はとても可愛い人なんだと教えてあげたくて。
それでも半信半疑な息子に更なるエピソードを語ろうとしたその時。

「随分楽しそうな話をしているんだなぁ? だ・ん・な・さ・ま」
「あちゃ〜〜〜」

額に青筋を浮かべながら音も無く忍び寄って来た唯湖に背後を取られ、罰が悪そうに笑う理樹。

「全く、いつの話をしているんだ。その話は恥かしいからしないでくれと言っただろうが?」
「いやでも唯湖さんは本当に可愛いんだからしょうがないじゃない」
「ええい五月蝿い黙れこのおっぱい魔人。私のおっぱいを抱いて溺死しろ!」
「ちょっ、そっちこそそんな昔の称号なんて引っ張り出さないでよ? うわっぷ」

故意に胸を押し付けるようなヘッドロックをかまして理樹を黙らせる唯湖だったが、その行動はどう見ても照れ隠しである。

「あの時何回私の中に出したと思ってるんだ? ショットガンウェディング(出来ちゃった婚)にならなかったのが不思議な位だ、この淫乱小僧め!」
「ちょっ、子供の前でなんて事言うんだよ? そっちの方が恥かしいってば」
「妻の恥かしい過去を暴露するような旦那様にはこれ位で丁度良い!」
「うわぁっ、ギブッギブッ!」
「しかも体中にキスマーク付けてくれちゃって、隠すのにどれだけ苦労したと思っているんだこのキス魔!」
「そうは言うけどさぁ、理樹君の彼女って証拠になるから沢山付けてくれって言ったの唯湖さんじゃん?」
「だからそういう事を言うなと言ってるんだ!」

どんどんエスカレートして行く痴話喧嘩と言うか妻による旦那への制裁。
(母さんが可愛いねぇ?やっぱ信じらんねぇけどただ一つ分かってるのは・・・うちの両親は万年新婚のバカップルって事だよなぁ)
目の前でじゃれあう両親を見て非常に達観した感想を持ちつつ、呆れた顔でコーヒーを啜る唯樹であった。