ブロロロロロ・・・・


遠くから土埃を巻き上げスクーターが猛スピードで駆け抜ける。道行く人々は皆一様に驚き、道を空ける。


「ふええっ、お姉ちゃん危ないよぉ〜!」

「何言ってんの、あんたは口を動かさないで手を動かしなさい!!」

「そんなこと言ったって、こんなんじゃお弁当なんて作れないよ〜っ!!」

「それでもやるのよっ! 朋也との楽しいデートが台無しになってもいいのっ!!」


新緑の風薫る平穏な商店街の静寂はそんな姉妹の絶叫と、けたたましいクラクション音によって破られた。








「デリバリライダー 杏」           by鍵犬








ことの始まりは今からほんの数分前・・・

今日は一週間前から約束していた朋也とのデートの日。二人で電車に乗ってピクニックに行く計画を立てていた。

もちろん、弁当は椋が作る約束で寝る前に姉の杏と一緒に下ごしらえをした。今朝は待ち合わせ時間の二時間前、
つまり六時に起きて作る予定だった。


「椋、椋っ!!」


朝から騒がしい姉の声に、椋は夢の中から引き戻された。寝ぼけ眼をこすりながら布団からむっくりと起き上がる。


「ふあああっ、お姉ちゃんお早う・・・」

「お姉ちゃんお早う・・・じゃないわよっ! あんた時計をよく見なさいよ」

目の前に突きつけられた時計を椋はぼんやりと眺める。

「ふにゃ・・・、七時・・・四十分っ!?」


寝ぼけていた脳が急に覚醒する。同時に顔がサーっと青醒めてくる。


「椋、待ち合わせ時間は?」

「八時に駅前で・・・」

「昨日下ごしらえしたお弁当は?」


ぷるぷるぷる・・・

涙目で首を横に振る椋。完全に血の気が引いていた。


「お姉ちゃんどうしよう! 私お弁当作っていくから楽しみにしててねって朋也君に言ったのに、間に合わないよっ!!」


布団から飛び起き、パジャマを勢いよく脱ぎ捨て昨夜に用意してあった洋服に着替える。慌てているせいで椋は
何度も上着のボタンを掛け間違ってしまう。

何だかんだで、三分経過。事態は悪化する一方だ。


「このままじゃ、今すぐ出発しても遅刻するわね」

「朋也君に嫌われちゃうよぉ〜・・・」


妹に泣きつかれ困り果てる杏。

朋也と椋を無理やりくっ付けた張本人としては何とかしてやりたいところだった。

八時に間に合い、かつ弁当も作るにはどうしたらよいか・・・

杏は少し考えた後、名案を思いついたように椋の目の前にビシッと指を突きつけた。


「こうなったら、私がスクーターを駅まで飛ばすから、椋はそこでお弁当を作るのよっ!!」

「ええっ!?」

「大丈夫。おにぎりくらいなら作れるわ!」


迷案の間違いだった・・・








商店街から裏路地に入りスクーターは法定速度を超えて突っ走る。路肩の遮蔽物にぶつかりそうになりながら
ぎりぎりで避ける。


「こんなんじゃ、にぎれないよおっ!!」


椋は長い紐の付いたバスケットを肩から斜めに提げ前で抱える体勢を取っていた。バスケットの中には昨日炊いて
おいたご飯がこんもりと詰まっている。つまり、材料入れ兼、弁当箱のバスケットである。

ご飯を掴みにかかると右に揺れ、にぎろうとすると左に揺れる。杏の身体をしっかりと掴んでいないとスクーターから
振り落とされそうになってしまう。そのおかげで、杏の肩、腰、背中の至る所に米粒が付着していた。


「いい? もうすぐ長い直線に入るわ。そこで死ぬ気でにぎるのよっ!!」

「死ぬ気でにぎったことなんてないよお〜っ!!」

「カーブよ。しっかり、捕まって!」


地面に足を滑らせて急カーブを曲がる。普段の運転ぶりからは考えられないテクニックだ。これも、妹を思う姉の
強さなのだろうか。スクーターは裏路地を抜け、そのまま開けた直線に入った。


「にぎりなさい! にぎるのよ椋っ! 今がチャンスよっ!!」

「う・・・うん!!」


バスケットの中に手をいれ、大量に詰め込まれているご飯を掴む。移動するスクーターの上では杏から両方の手を
離すことは出来ない。

片手でぐにぐにと米粒をこねる。


「椋っ、具はちゃんと入れた?」

「はっ、危なく忘れるところだった・・・。ありがとうお姉ちゃん!」


梅干を片手で引きちぎっておにぎりの中心に無理やり埋め込む。

これで一個完成・・・


「お姉ちゃん、こんなんじゃやっぱり朋也君に見せられないよ〜っ」

「大丈夫、大切なのは愛情よっ! 例えどんな悪条件で作ったとしても、例えどんなに見てくれが悪かろうと、
愛情がたくさん詰まっていれば、フランス料理のフルコースにだって負けないわっ!!」


そう言い切る杏の横顔はどこか恍惚としていた。


「・・・それに、もし朋也が米一粒でも残そうものなら私が責任を持って殺すわ」


そして、その後椋に聞こえないような小さな声で付け足した。


「そっ、そうだよね。お姉ちゃん!!」


先ほどの姉の言葉に心を打たれた様子の椋は、その調子で二つ、三つと順調に個数を重ねる。

直線の終わりのカーブに差し掛かった頃には十数個のおにぎりが、バスケットの中の残った材料に混じって無残
に転がっていた。


「ここからは、狭い路地に入るわよ。しっかり捕まってて!」


椋はバスケットをしっかりと抱え込み杏に腕を回す。ここはクランクが多い。おまけに道の脇には電柱もそびえて
いる。駅への道のりの中で、間違いなく最難関だ。


「教習所を思い出すわっ!」

「でも、お姉ちゃんは確か教習所で原付なのに脱輪をしたという伝説が・・・」


椋のほうを振り返りにやりと笑う杏。


「さっきまでの私のテク見てなかったの。今の私は・・・そう、鳥、地上をまるで大空のように自由に飛び回る鳥なの
よっ!!」


そう言い終わるとほぼ同時に、道端に転がっていた中くらいの大きさの石の上を前輪が通過した。その勢いで前が
高く持ち上がりウイリー状態になる。すぐさま続けて後輪が石を通過し、次の瞬間にはスクーターがまるで本物の鳥
になったかのように空を舞っていた。

二人の体もふわっと宙に浮き、一瞬の無重力を体感する。


「へ!?」

「ひゃああああっ!!」


ガッシャーン!!!!


二人がスクーターから投げ出されるのと同時に、バスケットも一緒に投げ出され、辺りは材料のご飯と梅干と椋の
作ったなぞの物体が散乱した。

スクーターはブロック塀にぶつかり、車輪をまだ回転させながら横転していた。


「・・・・・いたた、椋無事?」

「うん・・・私は大丈夫だけど、せっかく愛情込めて作ったおにぎりが・・・」


そう言いながら、散乱したおにぎりの一つを拾い上げると、小石やら土やらが付着し見るも無残な姿になっていた。

肩を落としてうなだれる椋。そんな妹を慰めるように杏は肩に手を掛ける。


「椋、ものは考えようよ」

「え、どういうこと?」


おもむろに、杏も落ちた一つのおにぎりを拾い上げ、目に見える小石などを取り除く。


「ほら、こうやって小石さえ取り除けば、見ようによってはこの土、ゴマに見えるわ」

「・・・そういわれると」

「どう? ただの白いご飯の時と比べて少し豪華になったような気がしない?」


泥が付いたおにぎりをまじまじと見つめて首を傾げる椋。一方、杏は道に横転しているスクーターの傍へと近づく。

スクーターを起こし、恐る恐るエンジンをかけてみると、一呼吸遅れてエンジンがかかる音がした。


「あっちゃー、前がへこんじゃってるわ。まあ、あれだけの大ジャンプでこれくらいなら逆に奇跡ね」

「お姉ちゃん、もう時間が無いよう・・・」


七時五十五分。待ち合わせの時刻まであと五分しかなかった。椋は慌てて、散乱したおにぎりを拾い集める。


「・・・こうなったら、最後の手段しかないわね。椋、早く乗って!」

「う、うん・・・。最後の手段って何?」


椋が後ろに乗ると同時にスクーターが再び急発進する。そのまま、杏は本来の駅へ向かう道とは異なる道に
入った。


「こっちに行ったら、逆に遠回りになっちゃうよ」

「椋、駅まで究極のショートカットするためにはどうしたらいい?」

「そんなこと、わからないよぉ。だって、こっちに真っ直ぐ行ったら線路に・・・はぅ、まさか・・・」


一気にアクセルを吹かす。


「その、まさかよっ!!」


そのままの勢いで二人を乗せたスクーターが線路に飛び込む。砂利道、枕木お構いなく一直線に突っ走る。


「お姉ちゃん、電車が来たらぶつかっちゃうよぉ!!」

「大丈夫よ、この時間は電車は来ないわ・・・・・・・・・多分ね

「多分ねってそんなああぁぁっ!!」

「朋也に時間を守れない、だらしない女だと思われてもいいのっ!!」

「えっ・・・・・・・・」


杏の問いかけに自分が今絶叫してたことも忘れ、しばし無言で考える椋。


「それは、絶対嫌」


さっきまでの口調とは打って変わってきっぱりと椋は答えた。


「お姉ちゃん、あと三分! もっと飛ばして!!」

「りよっ、椋!?」


突然椋の手が運転している杏のアクセルに掛かる。そして、一気に最大出力。スクーターがガクンと速度をさらに
上げる。速度計が見たこともないような位置を指し示していた。

今度は杏の絶叫と共に、線路の上を疾走するスクーター。


「椋っ、そんなに飛ばしたら死ぬ死ぬ死ぬーっ!!」

「大丈夫だよお姉ちゃん。ほら、生きる生きる生きる生きる生きる・・・」

「ひいいぃぃっ!!!」


その甲斐あって、駅舎が徐々に二人の視界に広がってきた。


「あっ、朋也君!!」


ほどなくして、駅に向かって全速力で駆ける朋也を椋が発見した。









「はあっ、はあっ・・・わりぃ、大分待ったか?」


駅構内のベンチに、よそ行きの格好でバスケットを膝に抱えてちょこんと座る椋を見つけるなり、朋也は申し訳なさ
そうに駆け寄った。

そんな朋也に、椋は無言で首を横に振る。


「私も、今来たところですから」


そう言って椋が口元を綻ばせると、朋也が安心したのかベンチに倒れこむように腰掛けた。相当走ったのだろう、
額には汗が滲んでいた。


「弁当ありがとな。朝起きて作るの大変だったろ。」

「いえっ全然、大変とかそんな事ないです」


椋は朋也の顔をじっと見つめる。


「・・・あの、朋也君おにぎり好きですか?」

「好きだぞ。というより、好物に近い」


そんな思いやりのある朋也の言葉に、はにかんだ笑みを浮かべる椋。


「私、愛情一杯込めて作ったので、楽しみにしててください」

「ああ、それは楽しみだな」


自分で言った台詞に顔を真っ赤にする椋を見ながら、朋也は自分に対してこんなにも愛情を注いでくれている
彼女がいる事の幸せを改めて噛み締めていた。

少しして、駅構内に電車の到着を告げるアナウンスが流れた。


「うし、それじゃあそろそろ行くか」


椋の前に朋也の大きな手が差し出される。それに小さな手が重ね合わせられてベンチから立ち上がる。二人は
今日のデートへの期待に胸を膨らませながら、駅の改札口へ意気揚々と向かった。





一方の杏はというと、二人が電車に乗り込む様子を物陰に隠れて遠巻から見守った後、スクーターを停めた駐輪場
へと戻っていた。

今日一日でスクーターに刻まれた戦傷の数を数えて、一人で大きなため息をつく。


「・・・やれやれ、帰ったら修理に出さなきゃ。痛い出費だわ」


ヘルメットを被り、前の大きくへこんだスクーターにさっそうと跨る。エンジンを掛けると少しガタガタ揺れながらも、
それはゆっくりと動き出した。どうやら、タイヤもパンクしているらしかった。恐らく、線路の上を走った時だろう。


「愛のパワーって、本当に恐ろしいわね・・・」


そんな椋のことがちょっと羨ましいなと思ったりしながら、法定速度をしかっかり守り、一般公道を引き返していく
杏なのであった。








ちなみに、椋がゴマだと言い張る泥だらけの無残な姿をしたおにぎりと、「米一粒でも残したらコロスby杏」と書かれ
た紙切れを朋也が目撃するのは、それから数時間後のことである。








-END-









あとがき


どうも、実はあなたの隣の部屋に鍵犬でございますw
今回第四回のクラナドSS祭り「料理」というお題に初投稿させていただきました。

感想会では椋に違和感を感じる方が多く、Kanonの栞じゃないかというツッコミ頂き
ました。しかし、自分の脳内椋はこんな姿でした・・・。さっそく、CLANADをやり返して、
脳内椋を補正しようと思います(汗

でも、予想よりもよい評価をいただいたので、そこは少し安心しました。

ちなみに、走行するバイクでおにぎり。無理は承知ですw