「朋也君のハッピー!性生活 2nd Stories」 by鍵犬
〜戀セヨ乙女(こいせよおとめ)/青春演劇部員編!?〜
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杏は脱衣所に取り付けてある洗濯機の前にいた。朋也が脱ぎ捨てたブレザー以外の服を全て洗濯機
の中に放り込む。スタートと書かれたボタンを押すと、水と共に小気味よい機械音を立ててドラムが三回
転して、洗剤の量が赤ランプにより明示される。それに従って適量の洗剤を入れれば、洗濯機の蓋を閉
めて後は三十分ほど、待つだけである。
「よしっ、これでOKっと」
(それにしても、こうやって朋也の服を洗濯してると何か新婚夫婦みたいね)
頬をわずかに赤らめながら、杏は浴室のドアを一枚隔てた向こうにいる朋也に声を掛けた。
「着替え、私のTシャツとハーフパンツ置いておくわよ。一番大きなサイズ持ってきたから多分着れるわ」
「ああ、悪りぃな」
その一言により、杏は壁の向こうの朋也の存在を改めて強く意識する。
彼女の両親は海外出張中、どこかで道草をしているのか椋も未だ帰ってきていない。現在、この
家にいるのは朋也と杏の二人だけであった。
そう、この家に今は二人っきり・・・
そんなことを考えているうちに彼女の脳裏には、また例の雑誌が蘇ってきた。
(あたしったら、本とバカみたい・・・)
一瞬浮かんだよからぬ妄想を打ち払い、夕食の支度をするために杏は台所へと向かった。
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杏が料理を作り始めたのと、ほぼ時を同じくして椋が玄関のドアを開けた。雨に濡れた傘を鼻歌交じ
りに何度か閉じたり開いたりしてから、玄関の脇にある傘立てに軽やかに挿す。彼女はかなり、ご機嫌
な様子だった。一旦自分の部屋にかばんを置きに行くことすらもどかしいらしく、階段の傍に置いたまま
杏を探してパタパタとリビングまで小走りに駆けて行った。
「お姉ちゃん。さっき本屋さんで新しい占いの本を買ったんだ。それでねぇ・・・ってあれ?」
しかし、リビングに姉の姿はなかった。肩透かしを食らった椋は壁に貼ってある夕食当番表に目をやる。
「そういえば今日はお姉ちゃんが夕食当番だったっけ」
椋は姉を探してリビングを出て、軽快な足取りで台所へと向かう。彼女が脱衣所の前のドアに差し
掛かった時、不意に中からシャワーの音が聞こえてきた。彼女はそれに反応してピタリと足を止める。
(あれ、お姉ちゃんもうお風呂入ってるのかな?)
脱衣所のドアを開けて中に入ると、浴室のドアのすりガラスに人影が映っていた。普段ならば、その
シルエットの大きさからシャワーを浴びているのが自分の姉ではないとわかっただろう。しかし、今の
彼女は自分の占いの結果を早く姉に伝えたい気持ちで頭が一杯だった。躊躇することなく浴室のドア
ノブに手を掛ける。
ガチャリ
「聞いて、お姉ちゃん。さっき本で私と岡崎くんとの相性を調べたら、なんと二人は相思相愛・・・」
「ふ、藤林!?」
「あれ? 岡崎くん・・・?」
互いに状況が呑み込めず、浴室で向き合う二人。椋の視線がスッと朋也の下半身に落ちる。まるで、
熱湯につけた温度計みたいに、椋の顔が下から真っ赤に火照っていく。
「えっと・・・ お、お帰り」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
苦し紛れの朋也のフォロー空しく、椋は声にならない声を上げて、二階の自分の部屋へと風のように走り
去って行った。
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テーブルの上に所狭しと並ぶ料理は、どれも鮮やかな彩りで目にも美味しそうだった。朋也は杏が用
意してくれたTシャツとハーフパンツ姿で、多少前のめり気味に椅子に近づいて腰掛ける。Tシャツのサ
イズはぴったりだったが、ハーフパンツがかなりキツイ。そのため、ゴムが腹部に食い込んで苦しかった。
「随分気合が入ってるな。別に適当なものでよかったのに」
「えっ、そ、そうかしら。別に普通よ」
杏はそう言いながら、テーブルの上に湯気が立ち昇るアツアツのビーフシチューの鍋を置く。これで
六品目である。
「さっ、準備できたわ。今、椋を呼んで来るわね」
そう言い残して杏はウキウキと二階へと上がっていった。一方の朋也は先ほどの風呂場での一件を
思い出して、気が重そうにため息を吐いた。
(さっき藤林にとんでもないものを見せちまったから、なんか顔合わせずらいな・・・)
少ししてから、二人の足音がダイニングに近づいてくる。朋也は正直、この場から立ち去りたい気分
だった。そんな不安な朋也の胸中を余所に、まずダイニングに姿を現したのは不思議そうに首を傾
げる杏だった。
「ねぇ朋也、何か椋の様子が変なのよ」
「そ、そうなのか・・・」
ほら来た、と朋也は気まずそうに顔を伏せた。少し遅れて椋が姉の後ろからひょっこりと顔を出す。
「何だかさっきから、凄い勢いでニヤけてるのよね」
「へっ!?」
「そんなことないよ〜、えへへ」
驚いて顔を上げた朋也の眼前には、予想に反してフワフワとした表情の椋がいた。彼女は時折杏の
方を見ては、何故か勝ち誇ったように口元を綻ばせている。良いのか悪いのか呆気にとられる朋也
を余所に、椋がテーブルにつく。
「早く食べないとご飯さめちゃうよ〜(ニコニコ)」
「そうね、早く食べましょ」
杏と椋に促され朋也も手を合わせてから、いただきますと言って豪華な夕食を食べ始める。夕食中
の杏は普段よりもずっと機嫌が良かった。そして、椋は機嫌が良いを通り越して少し怖かった。
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「ふぅ、うまかった。ごちそうさん」
朋也はお腹をさすりながら箸を置く。食事を終えた朋也の前には、まだおかずが大量に残っていた。
「ちょっと、まだこんなに残ってるわよ」
「このハーフパンツ小さくてゴムが苦しいんだよ。これでも、頑張って食ったんだぞ」
朋也の前に並べられたおよそ四人前の量のおかずのうち、二人前は平らげた。普通に考えると結構
食べた方だ。まして、胃をゴムに締め付けられていることを考えれば尚更である。だが、自分が折角
作った料理を残された杏は少々ムッとした表情になった。
「それなら、ハーフパンツ脱いで食べればいいじゃない」
「・・・おまえ、つまりそれは俺にパンツ一枚で食えってことか?そんなに、おれのパンツ姿が見たい
のか?」
「ばっ、ばかっ。冗談で言ったのよ!」
頬を赤らめてそう言うと、杏はいそいそとテーブルを片付けはじめる。朋也も腹ごなしがてらに、後片
付けを手伝うためにゆっくりと立ち上がった。
「あっ・・・」
その瞬間姉妹の声が重なった。二人が見つめる視線の先・・・
そこは朋也の股間の部分・・・
「ぐあっ、これはハーフパンツが小さいから必然的に、ここの部分がモッコリしてしまうわけで、これは完全
な不可抗力なんだぞっ!!」
辞書でも飛んでくるのかと一瞬身構えた朋也の予想に反して、杏は無言で固まっていた。ポーっとして、
完全に別世界に飛んでしまっている感じだった。杏の目の前でブンブンと手を振ってみても全然反応が
無い。
「おーい、杏。戻って来い」
朋也に耳元でそう叫ばれた杏はハッとして、すごい勢いで近くにいた椋の目を手で塞いだ。
「ま、全く、椋になんてもの見せるのよっ!!」
口ではそうやって怒りつつも、杏の視線は未だに朋也の股間の部分に向いていた。そんな彼女の手を
ゆっくりと掴むもう一つの手。その白くて華奢な手の持ち主は椋だった。そのままゆっくりと、自分の目
を塞いでいる姉の手を引き剥がす。
「やだなー、お姉ちゃん。子供じゃないんだから、こんなことくらい別に大したこと無いよー、えへへ」
「りょ、椋!?」
(そりゃ、さっきのに比べりゃ大したこと無いが・・・)
自分の妹の台詞に戸惑いを隠せない姉を尻目に、朋也はその裏にある先ほどのスペクタクルを思い出
しては、ただ冷や汗を掻いていた。
-続く-