「退屈な日々」                by鍵犬








 俺は学校があまり好きじゃなかった。規則正しいチャイムの音によって刻まれていく、いつもと変わらない
日常。俺はそんな退屈な毎日に正直うんざりしていた。

 今日だって、学校へ向かう足取りが重たくてしょうがなかった。

 だが、その日の学校は一種異様な雰囲気に包まれていた。

 生徒達はことごとく浮き足立っていた。いや、それどころか教師達までも落ち着かない様子で、授業も
どことなく上の空という感じだった。

 「なあ、今日は皆一体どうしたんだ?」

 今朝も多分にもれず遅刻し、二限目から出席した俺は、その学校中を包み込む異様な雰囲気の訳を
教師が黒板の方を向いている隙に、春原にこっそりと尋ねた。

 「お前知らないのかよ。今日はなあ・・・」

 春原が口を開いた瞬間に、教室中をざわめきが駆け抜けた。生徒達は授業中にもかかわらず窓の外
を指差し、口々に歓声を上げた。また、春原を含め何人かはわざわざ窓の傍まで駆け寄ってまでして見
ている。本来それを注意すべきはずの教師までもが窓の外に注目していた。

 それにつられて、俺も窓の傍まで行き校庭の方に目を向けた。

 校門から入ってきたのは一台の車だった。車と言っても普通の自家用車ではなく、小さなバスのような
車だった。

 俺は不振に思って、窓に張り付いたまま、その車を凝視していると中から人が何人か降りてきて、何か
機材のようなものを運び出していた。

 その中の一つは、大きなビデオカメラのように見えた。

 「おいっ、これってまさか・・・」

 俺は隣で同じように窓に張り付いている春原に、首は動かさず口だけでそう言った。

 「そう、テレビ局だよ。テ・レ・ビ・き・ょ・く」

 なるほど、学校中が異様な雰囲気になるのも頷けた。

 この街にテレビ局が訪れたという話は、少なくとも俺の記憶では一回も聞いたことがなかった。

 春原はさらにこう付け足した。

 「しかも、聞いて驚け。東京のTV番組だよ。全国放送さっ」

 「マジでかっ!!」

 どことなく得意げに語る春原に、俺は素直に驚かされた。

 さらに、詳細を聞くとこうだった。

 その番組の名前は『スーパーNEWS』と言うらしく、その番組名通りいわゆるニュース番組だ。
俺は知らなかったが土日以外、午後五時から六時半まで放送されているらしかった。

 今回は『私の学校自慢』という企画で、ウチの購買が取上げられるそうだった。そう言われて
みると、うちの購買には焼きそばパンやカツサンドのような定番の他にたこ焼きパンや謎の竜太
(りゅうた)サンドが売られているのを思い出した。

 「購買が取上げられるということは、きっと購買でパンを買って食べる生徒へのインタビューもあ
るはずだよね。そこでナイスコメントを返す僕を東京のTV局のプロデューサーが見てて、君なかな
かナイスガイのくせに才能があるねぇ、良かったら今度ウチのドラマに出てみないか、とか誘われ
ちゃったりして、それをきっかけに僕は演技の才能を開花させちゃうもんだから、そのまま俳優とし
て一気にスター街道駆け上がっちゃったりした日には、ハリウッドからもオファーがかかちゃって、
ハリウッド映画に出演してカンヌ国際映画祭で主演男優賞を取ったあかつきには、ニューヨークの
豪邸にパツ金のナイスバディなお姉さん五、六人と一緒に・・・・・・・」

 「・・・それは、夢見すぎな。あと、長すぎて読みにくいからな」

 春原にはそう言ったものの、昼休みが少し待ち遠しくなったのは事実だった。








 昼休みの購買は正に戦争という言葉が相応しかった。いつもの倍以上もの生徒が購買にパン
を買うために、・・・というよりテレビに映るために詰め掛けていた。

 狙いはもちろん世にも珍しい竜太サンドだ。

 もちろん、その様子はカメラマンによって撮影されていた。

 背後からのレンズの視線を受けながらパンを取り合う。何だか少し変な感覚だった。

 まるで大海のうねりのような生徒の波を掻き分け目的のパンに向かう。別に俺はそこまでカメ
ラのレンズに映ることを期待しているのではない。だが、退屈な学校生活の中での久しぶりの刺
激だった。柄ではないが血が騒いだという方が正しいだろう。

 結局俺はよれよれになった竜太サンドを片手に、ふらふらと人ごみの中から這い出した。

 「春原無事か?」

 「ははっ、何とかね・・・」

 まるでフルマラソンを完走した後のような、憔悴し切った春原の手にもくしゃくしゃの竜太サンドが
握られていた。

 「さあっ、竜太サンドを手に入れた僕を思う存分ナイスガイに撮ってくれよっ!!」

 そう言って、春原が振り向いた先にはすでに、カメラマンは居なくなっていた。食堂の中のどこを見渡して
みても影も形もなかった。

 「きっと場所を変えたんだな」

 冷静に考えてみれば、カメラマンだってこんなテレビに映りたくて目の色を変えている連中より
素の生徒を映したいのだろう。そう考えると俺は段々ばかばかしい気分になっていた。

 「岡崎、カメラを捜そう!!」

 未だ、それに気づいていないバカ一人・・・

 「勝手に捜してこいよ」

 「なに言ってんだよ、俺達一緒に月九に出ようって約束したじゃないか!!」

 「それはお前の妄想だっ!!」

 春原がじりじりと一、二歩後退する。

 「お前なんか、僕がハリウッドスターになってもサインなんかやらないからなーっ!!!」

 そう言い残してカメラを探しに走り去る春原。

 なんだか少し哀れにも思えてくる。

 「・・・やれやれ、教室に戻って食うとでもするか」

 俺は踵を返し、自動販売機で百五十円のお茶を買ってから、そのまま騒々しい食堂を後にした。








 俺が人だかりを発見したのは三年生の廊下だった。

 どうやら、一人の生徒がインタビューを受けているらしかった。

 気分が昂揚していたさっきの俺だったら、そのひとだかりに加わっていたかもしれないが、
クールダウンした今の俺は全くそんな気分にはなれなかった。

 しかし、教室に戻るためにはその人だかりの脇を通過しなければならなかったので、あくまで
知らんぷりを装うことにした。

 全くカメラに無関心な顔をして人だかりに近づくと、インタビュアーと生徒との会話が聞こえて
来た。

 「ここの学校の購買はよく利用してる?」

 「え、えっと、そのっ、はいっ、毎日り、り、利用してますですっ!」

 その声からすると女生徒のようだった。相当緊張しているみたいだ。

 (しかし、確かどこかで聞いたことがあるような・・・)

 「じゃあ、あなたが購買で一番好きなパンは?」

 「あんぱんっ・・・です」

 その声の主は古河だった・・・

 ついつい、そちらの方に目を向けてしまう。不意に、インタビューを受ける古河と目が合った。

 「あっ、朋也君!」

 「ぐあっ・・・止めてくれ・・・」

 俺に向かって大きく手を振る渚。インタビュアーが俺の持っていたパンを発見すると、カメラのレンズ
がこちらの方に向いた。

 「それは、購買で一番人気の竜太サンドですね?」

 (・・・今日だけはな)

 心の中では冷静にそう思っていても、カメラで映されていると思うと変に緊張してしまう。

 「は、はい」

 そう答えるのが精一杯だった。古河の気持ちが痛いほどよく分かった。その後何個か質問された
が自分で自分が何を話しているのか全く覚えていなかった。

 結局わけの分からないまま俺へのインタビューは終了した。

 (うわっ、俺なんだか格好わりぃ・・・)

 俺へのインタビューを済ませた後、カメラは周辺にいた生徒へと移った。

 カメラを前にテンパってしまった自分が恥ずかしくて、そそくさとその場を退散することにした。

 その時、不意に遠くの方で何やら随分と賑やかな声が聞こえてきた。

 声のするほうを振り返ると、そこには正に衝撃の映像が繰り広げられていた。

 竜太サンドを咥えながら、必死の形相でこちらに向かって駆けてくる春原陽平・・・

 そして、その後を智代が追いかけていた。

 「きさまあっ!! 女子更衣室を覗くとは不届き千万!!」

 「ひいいぃぃっ!! どこ探してもカメラがないから、もしかしたら女子更衣室にあるんじゃないか
と思ったんだあああああっ!!!」

 「何をわけの分からないことを言っているーっ!!!」


 ドゴーン!!!!


 春原が智代から逃げ切れるはずもなく・・・

 一方の智代の蹴りもそれはそれは容赦のないもので・・・

 春原はきりもみ状態になりながら、廊下を三回転半ほど転がりカメラの前に吹っ飛んできた。

 インタビュアーとカメラマンを初め、その場に居合わせた全員がしばし呆然とする。

 それでもまだ竜太サンドを口に咥えている春原は、念願のカメラのレンズを見つけると最後に
Vサインを作ってこういい残した。

 「・・・竜太サンドさいこー・・・がくっ・・・」

 春原、鮮烈な全国デビューおめでとう。








 後日、『スーパーNEWS』でウチの学校の購買が全国に紹介された。大分編集されていて一瞬では
あったが、古河や俺のインタビューも放送されていた。

 自宅で自分の姿がブラウン管に映っているのをぼんやりと見ていると、まるで自分が熱帯魚になって、
水槽の内側からせわしなく変化する外の世界を、羨ましげに眺めているような気分になった。

 俺の中にはそんな不思議な気分だけがその後もしばらくの間消えずに残っていた。

 ちなみに、当然のごとく春原はカットされており、翌日教室の床の上でもんどりうって悔しがっていたの
は言うまでもない。




 そして、放送から数日後の学校には、またいつもと変わらないあの退屈な時間が流れていた。








-END-





あとがき


 どうも、一匹見つけば十匹はいる鍵犬でございますw

 今回のコンセプトは退屈な学校生活の中での一騒動、ということで書いてみました。
 最初は「スーパーNEWS」というタイトルにしたのですが、書き上げてみると予想外にしっとりとした
感じになったので、タイトルを「退屈な日々」に変更しました。
 ちなみに、「退屈な毎日」や「退屈な時間」にしなかったのは語感があんまり良くなかったからですw

 内容の方は、最後の比喩の意味が伝わったかどうかが心配です。意味が分からないよって言う人は、
全て作者の文章力の未熟さのせいなので全然気にしないでくださいw

 それでは失礼いたします。