朋也君のハッピー!性生活〜古河家の人々編・中編〜
                              ・・・・・・・・・・・・・・・鍵犬


俺達を怪訝な顔で見つめる二人。それは、勝平と椋だった。

二人とはしばらく会ってないけど、確か勝平と椋は結婚の約束をしていると聞いた。まだ結婚はしてい
ないが、学校を卒業した後椋は看護学校に進み、勝平もバイトしながら就職を探しているはずだ。

「・・・何か知らないけど、朋也クン久しぶり!」

「お、おう。久しぶりだな」

人懐っこい笑顔でいきなり抱きついてくる。だが、抱きつかれている間にもおっさんはどんどん俺達
から遠ざかっている。

(まずい、このままでは見失ってしまう)

一方渚は俺達を見て固まっていた。

「朋也君が、女の人と抱き合っています。浮気を追ってたら、私も浮気されちゃいました・・・・」

そういえば、渚は勝平とは初対面だった。渚の目がうるうると潤んでくる。

「ミイラ取りが、ミイラになった気分です・・・」

おっさんは見えなくなってくるし、渚は勘違いしてるし、勝平は抱きついてくるし、藤林はそれをただ
見てるだけだし・・・

「だあーーっ!」

「うわっ」

まだ抱きついている勝平を振りほどく。

「渚違うっての、こいつは柊勝平!名前どおり正真正銘の男だって!!」

えっという表情で、おずおずと勝平に近づき胸をぺたぺた触る。

「ぺったんこです。女の子みたいな男の人でした」

渚はほっと胸を撫で下ろした。

「女の子みたいじゃない、ボクはどっからみても男だー!!」

ここで、やっと椋がでてきて暴れる勝平をなだめる。

「ところで、お二人はデートですか?」

まるで私達はデートですと言っているように藤林が尋ねる。しかし、デートにしては二人とも随分地味
な服を着ているように見えた。

「いえ、ちょっと事情がありましてお父さんを尾行してるんです」

やっと元気を取り戻した渚が簡単に事情を説明する。

「ええっ、渚ちゃんのお父さん浮気してるの!?」

驚いたように椋が聞き返す。取り合えず、脇道だらけの話の要点は掴めたらしい・・・

「おいっ、ぼやっとしてたらおっさんを見失うぞ」

「あっ、そうでしたっ!」

慌てて俺達は二人に別れを告げ尾行を再開した。かなり距離が開いてしまったので一気に距離を
縮めなくてはならない。

カサカサカサ・・・

「・・・・・・・・」

カサカサカサ・・・

「・・・・・・・・」

カサカサカサ・・・

「・・・・・ねぇ、二人ともすっごく怪しいんだけど」

椋と手を繋いで悠々と歩きながら勝平がそう言った。

「って、ついてくんなよっ!!」

「でも、僕達こっちの方に用があるんだよね」

俺達の進行方向を指差しながら勝平は言った。

「ちっ、だが俺達の完璧な尾行の邪魔だけはするなよ」

俺は二人にそう強く釘を刺しておいた。




やがておっさんは商店街の喧騒を抜け、閑静な住宅街に入った。もちろんさっきの女の子も一緒だ。
おっさんと仲良さげに話したりなんかしている。

この辺りは曲がり道が多い。あまり距離を置きすぎると見失なってしまう恐れがある。また、遮蔽物も
少ないので近づきすぎて見つからないように気をつけなくてはならない。

少なくとも事の真相を確かめるまでは・・・

だがもしも、おっさんの浮気しているという事実を突き付けられたとして、その後俺は一体どうするの
だろう。ふとそんな疑問が頭に浮かんだ。

レジに立っていた早苗さんの顔が頭によぎる。

やっぱり、俺は飛び出していって思いっきり一発殴るんだろうか。

それじゃあ、こいつは一体どうするのだろう。


恐らく・・・


恐らく、こいつだったらおっさんを一生懸命説得するのだろう。おっさんが分かてくれるまで何度も
何度も一生懸命に。そして、きっとその説得は涙声なのだろう・・・

そう考えると少し気が重くなる。

その時、不意におっさんが振り返った。背後の気配を感じたのだろうか。

「やばいっ、隠れろ渚!」

「ふえっ?」

俺は渚のえりを掴んで、間一髪余所の家の門の中に転がり込んだ・・・

と思ったら、

「おーい、秋夫さーん」

まだちゃっかり付いてきていた勝平と椋がおっさんに向かってにこやかに手を振っていた。

「お前らはバカかっ!!」

「ぐえっ」

思わず、門を飛び出して勝平に一発蹴りを入れた。

「朋也君だめですっ、お父さんに気づかれちゃいます!!」」

ついでに渚も出てきてしまっていた。

「げ、お前ら・・・」

吸いかけのタバコがポロリと地面に転がった。

「おっさん、これは一体どういうことだよ!その女誰だよ!!」

思わず俺は大きな声を出していた。

その声にずっとおっさんと歩いていた女の子が振り返る。

「え・・・」

俺は自分の目を疑った。

「智代・・・?」

ロングヘアーの黒髪の女の子それは紛れもなく智代だった。確か、今は三年生である。

「と、朋也・・・?」

ダッ

突然おっさんが走り出した。

「あっ、お父さんが逃げましたっ!!」

智代は俺と逃げるおっさんを交互に見て少し迷うような仕草を見せる。

「すまん、朋也っ!!」

その直後、智代もおっさんの後を追って駆出していた。

「追いかけるぞ渚ッ!!」

渚の手を取り俺は全速力で二人のことを追いかけていた。




俺達の息が上がったときには、もう二人の姿を完全に見失っていた。よく考えたらおっさんも、智代も
人並み外れた運動神経の持ち主だ。俺一人でも追いつけるかどうか分からないのに、渚を引っ張り
ながら走って追いつくはずがなかった。

俺達はうなだれて路地を歩いていた。

「やっぱり、お父さん浮気してました・・・」

渚が大きな瞳を涙で潤ませる。俺は渚の頭に手を置いた。

「まだ、決定的な瞬間見たわけじゃないだろ。そう気を落とすなって・・・」

一応渚を慰めておく。

だが、おっさんは俺達を見て逃げた。やはり、浮気の線が濃厚なのだろうか。

(・・・しかし、まさか相手が智代とは)

いくらおっさんが若く見えるからって、女子高生と浮気するのは犯罪に近い。一方智代にしてみれば、
妻子持ちのおっさんと付き合っているわけだから不倫ということになる。

「お母さんがいるのに、お父さん浮気なんて酷いです・・・」

日差しが柔らかく照りつける路地をとぼとぼと歩きながら渚がぽつりと言う。

「なあ、渚。あんまり、浮気浮気って言うなよ」

「でもっ、でもっ」

急に渚の瞳から堰を切ったように大粒の涙が溢れた。俺は一瞬ドキリとした。

「思いたくなくても思っちゃうんですっ。私の・・・私のっ、大好きなっ・・・お父さんが・・・」

最後のほうはしゃくり上げて言葉が続かなかった。渚は子供のように嗚咽を漏らして泣き出した。

俺は思わず力いっぱい渚を抱きしめた。俺はそのまま渚が落ち着くまでずっとそのままの姿勢で
いた。

ひとしきり泣いた後、俺は優しくこう言った。

「なあ、お前がおっさんのことが大好きなら、もう少しおっさんのことを信じてみようぜ」

涙を手で拭いながら渚が小さく頷いた。

その姿はとても弱々しい存在に思えて、胸が痛んだ。

(くそっ、これでもし本気で智代と浮気してたら最低ニ発は殴ってやる・・・)

俺は拳を固く結んで心にそう誓った。




-後編に続け!-