朋也君のハッピー!性生活〜春原兄妹編・中編〜
                              ・・・・・・・・・・・・・・・鍵犬


春原の部屋には似合わない家庭的な料理が、小さなテーブルに三人分並べられた。料理はどれも
色とりどりで、見た目にも美味しそうに見える。

俺はまだ湯気の立つ肉じゃがに箸を伸ばし、ジャガイモを一つ口に運ぶ。

「んまい」

思わず口から出た言葉は、正直な感想だった。

「本当に、お前と芽衣ちゃんが血を分けた兄妹だとは思えないな。っていうか、違うと言え」

「強制かよ!」

相変わらず馬鹿な俺達二人のやり取りを、芽衣ちゃんは嬉しそうに見ている。恐らく、親友同士で
仲良くじゃれあっているといったふうに、映っているのだろう。

突然、鳥のから揚げが目の前に出現した。

「はいっ岡崎さん、あーんしてください」

俺は言われるままに口を大きく開く。

パクッ

「おいしいですか?」

「これも美味い。芽衣ちゃんは本当に、料理が上手なんだな」

そんな俺達のラブラブなやり取りを、隣で春原は喉を掻きむしりながら見ていた。

その時、芽衣ちゃんはテーブルから落ちて、コタツ布団に転がっている携帯電話を見つけた。

「あっ、これ岡崎さんの携帯ですか?」

「いや違うぞ、それは・・・」


ツンツン・・・


ツンツン・・・


俺がそう言いかけたとき、脇腹を誰かに横から突っつかれている感じがした。振り返るとそこには
青い顔をした春原。口ぱくで、何かを必死に訴えかけているようだ。

(変な奴だな・・・あっ、それはもともとか)

春原が何をそんなに慌てているのか、俺は分からなかった。俺は言葉を続けた。

「いや違うぞ、それは春原の携帯だ。俺は携帯なんて持ってないって知ってるだろ?」

「え?」

カチャン

芽衣ちゃんの手から箸がこぼれ落ちた。春原はさっきよりも顔を青くして俺に向かって首を振っ
ていた。

俺は一瞬何が起きたか分からなかった。

「え・・・じゃあ、私は今まで誰の携帯にメールを送ってたんですか・・・?」

「え、春原の携帯だけど・・・」

何が何だか分からない。芽衣ちゃんは春原の携帯にメールをしていることを知ってたんじゃな
かったのか・・・?

次の瞬間、芽衣ちゃんは急に立ち上がって春原の部屋を飛び出していた・・・

前髪でその表情は覗えなかったが、心臓が凍りつくような感覚だった。

食べかけの手料理と一緒に呆然と部屋に取り残される俺と春原。

「・・・まさか、お前芽衣ちゃんに俺がお前の携帯使っていること言ってなかったのか?」

春原が口で言う代わりに小さくコクコクと頷いて答えた。

「くそっ!」

俺の足は考えるよりも早く芽衣ちゃんの後を追っていた。




街灯が灯り始めた街を俺は必死に駆けていた。

商店街、学校、そして俺の家にまでも行ってみたが芽衣ちゃんの姿はどこにもなかった。道行く
人々が俺を振り返り皆驚いた表情で道を空けた。

思いつく限りの場所をがむしゃらに走っている中で俺は自分のしてしまった過ちをこれ以上ない
ほど後悔していた。

なぜあの時、駅のホームで春原の携帯のメールアドレスを教えてしまったのだろう。

なぜその後に、自分からちゃんと春原の携帯電話だということを明かさなかったのだろう。

思春期真っ只中の女の子のメールが自分の兄に見られていたのだ。傷つくのも無理はなかった。

それと同時に俺に嘘をついていた春原に対しても怒りを覚えていた。本当に、あいつは俺と芽衣
ちゃんの仲を壊すつもりだったのか。

後悔と怒りと不安で心の中がぐしゃぐしゃになってくる。もしかしたら、芽衣ちゃんはもう列車に乗って
田舎に帰ってしまったかもしれない。そして、そのままもう二度と会えなくなるかもしれない。

全力で走っては休み、そしてまた全力で走っては息が上がってそのまま地面に倒れこむように休む。
俺は一時間以上も走って走って走りまくった。


だが、ついに芽衣ちゃんを見つけることは出来なかった・・・




気がつくと俺はいつのまにか公園に来ていた。

そこは、俺と芽衣ちゃんが初めてキスをして彼氏と彼女になったベンチがある公園だった。

息を切らしながら走りすぎて言うことを聞かなくなった足を引きずって、一抹の期待を胸に思い出の
場所へ向かう。

すると、ベンチに人影が見えたような気がした。

俺は最後の力を振り絞ってそこに駆け寄った。

「芽衣ちゃん!」

「え?」

その人影は声に驚いたように振り替える。似ても似付かぬ若い女性だった。彼氏とここで待ち
合わせでもしているのだろうか、ずいぶんめかし込んでいた。

若い女性は俺の形相を見るなり、飛び跳ねるようにベンチから立ち上がり足早にその場を離れ
ていった。

俺は力なくそのままベンチに崩れ落ちた。

もうどうすればいいのか分からなかった。

その時、上着のポケットの中に何か硬い感触があった。取り出してみるとそれは春原の携帯だった。
どうやら、部屋を飛び出したときに思わず持ってきてしまっていたようだ。

俺はすぐさまそれを開き、芽衣ちゃんの電話番号に電話してみた。

プルルルルルル・・・・

だが、留守番電話のメッセージが入るだけで芽衣ちゃんは出なかった。二度かけても三度かけて
も同じだった。

春原の携帯を閉じそれをじっと眺める。俺は思わず苦笑した。

ほんの数時間前まではこの携帯が俺と芽衣ちゃんを結び付けていた。だが、今はこの携帯が二人を
裂こうとしているのだ。

油断していると今にも涙が出てしまいそうだった。

大きく深呼吸をして、一旦呼吸を整える。ふと空を見上げるとそこは一面の星空だった。夜の空を
見上げたことなんてもうここ何年もなかった。

昔テレビで見たことがある。俺達の見ている星の光は何億年も昔に星が輝いた光なのだと。そして、
その星の光が地球に届いた時には、もうその星は爆発するか、もっと大きな星に吸収され、宇宙には
存在していないのだと。

「星の光の化石・・・」

俺は小さく呟いた。なかなか、ロマンチックな言葉だと思った。

芽衣ちゃんに言ったらどういう反応をするだろう。

誰もいない公園のベンチで二人でベンチに座りながら愛を語り合う。おもむろに芽衣ちゃんの肩を
抱き、満点の星空を指差しながら少し気取って俺は言う。

「岡崎さんってロマンチストなんですね」

芽衣ちゃんが大きく黒目がちな瞳を潤ませる。そして、二人は星空に見守られながら熱いキスを
交わす。

いつもの妄想。

だがそんな妄想は、もう二度と現実にはならないかもしれない・・・



俺は意を決して春原の携帯を再び開いた。

そして、短いメールを書いて芽衣ちゃんに宛てた。



また、数時間前の関係に戻りたい。

そう心の中で強く強く願いながら・・・




−後編に続く−