朋也君のハッピー!性生活〜春原兄妹編・前編〜
・・・・・・・・・・・・・・・鍵犬
二両編成の短い列車が速度を落としながらゆっくりとホームに入ってきた。都会では電車というらしいが
俺達の街ではまだジーゼルエンジンで動いているので列車が正しい言い方だ。
列車のドアが空気の抜けるような音と供に開き、人をまばらに吐き出す。ここで、列車は十分間ほど停車
する。時間がとても揺るやかに流れている街。
そんな街を俺の目の前にいる少女は都会だと言った。
「また、しばらく会えなくなりますね・・・」
芽衣ちゃんは、ある日突然この街にやってきた。兄の生活を知るために。
初めは芽衣ちゃんの記憶の中の春原を呼び起こすために俺達は付き合っている振りをしていただけだった。
だが、サッカー部との一騒動があった後、翌日俺は芽衣ちゃんを改めてデートに誘った。二人で一緒に映画を
見たり、ファーストフードをたべたり、ウインドショッピングをしたり・・・
いつのまにか、俺は芽衣ちゃんと一緒にいる時間が掛け替えの無いものになっていた。
デートの最後に夜の公園のベンチでキスをした。今度は唇と唇を合わせる大人のキスだった。
「私、田舎に帰ったらクラスの友達に自慢しようと思います」
駅のホームで、芽衣ちゃんは精一杯元気な顔を見せて言った。
「都会ですごくカッコイイ彼氏みつけちゃったって。それで一緒にとったプリクラも見せてあげます」
俺は気恥ずかしさで頭を掻いた。
「そうだな、俺も春原にすっげえ可愛い彼女が出来たって言ってやる」
お互いにふふふと笑い合う。背後で木が風にざわめき春の匂いがホームに広がった。
本当に次に合えるのはいつになるのだろうか。芽衣ちゃんも学校があるし、部活にも入っている。恐らく、
来れたとしても次は夏休みだろう。
そう思うと寂しさで胸が押しつぶされそうになる。昔ドラマでこのようなシーンを見たことはある。あの時は
鼻で笑っていたが、実際にその立場になってみると電車を走って追いかけたくなる気持ちも分かるような
気がした。
「あっ、あのお・・・」
そう言って、芽衣ちゃんはバックの中を漁り始めた。底の方から出てきたのは携帯電話だった。
「岡崎さん、携帯電話もってますか?もしよかったら、メールアドレスを教えてもらえませんか?」
「うーん、・・・・・確かえっと、bomber-y-s@dcweb.ne.jpだったかな」
俺は少し考えた後そう答えた。
「なかなかファンキーなメールアドレスですね」
芽衣ちゃんは一生懸命携帯に俺の言ったアドレスを入力している。
「このy-sって何のイニシャルですか?」
「ああそれは、うわっやばいくらい最高だよの略だ」
ホームに列車の出発を知らせる音が鳴り響く。
「あっ、後でメール送りますから」
そう言って一旦は列車に乗り込みかけた芽衣ちゃんだったが、急に何かを思い出したように引き換えして
来た。
「ん?どうかしたか」
頬を少し赤らめ、芽衣ちゃんが俺の袖をキュッと掴んだ。
「お別れのキスしてください」
俺は人の目を気にしながらも、これからしばらく会えないであろう自分の彼女の唇にキスをした。そして、
春の景色の中をどこまでも遠ざかる列車を俺はただずっと見守っていた。
あれから三ヶ月。照りつける日差しがまぶしい季節。夏休みもちょうど折り返し地点を迎えていた。
そして、俺は相変わらず春原の部屋にいた。
「なぁ、春原・・・」
「えっ、何?」
ベットに寝転がりながら雑誌を読んでいた春原が振り返る。
「お前、せっかくの夏休みなのに他にやること無いのかよ」
「それ、あんたもですよねぇっ!」
繰り返される怠惰な日々。俺は一つ大きな欠伸をした。
「大体お前なあ・・・」
ヴーン、ヴーン、ヴーン
春原が何か言いかけた時、コタツの上に置いてあった携帯がマナーモードで鳴った。
俺はそれを手に取って開いた。
「おっ、メールが来てる」
Sub:(non title)
From:春原芽衣
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ふにゅ〜
ずぎ、ずぎっ(*^_^*)
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「おっ、芽衣ちゃんからだ」
心なしか春原の肩がプルプルと震えている。
「おい、見てみろよ芽衣ちゃんから俺へのラブコールだ。早く返信しないと」
携帯の画面を春原に見せつけてやる。
「あのなぁ、いい加減にしろよ毎日毎日。大体今日はこれで三回目だろっ!!」
春原は俺の手から携帯を奪い取って言った。
「まあ、そうひがむなって」
春原の肩を軽く叩いてやる。
「大体、この携帯ボクのだろっ!」
・・・・そう、三ヶ月前俺がホームで別れ際に芽衣ちゃんに教えたメールアドレスは春原のだった。
「あんた、あのときよくボクのメアド覚えてましたねっ」
「奇跡的にな」
「春原が携帯電話を買ったのは、ちょうど三年生になる春休みだった。買った当初は俺に対してこれ見よ
がしに自慢していた。
当然俺は自分の携帯など持っているはずもなく、買おうにもそんな金も無かった。
そもそも、携帯電話なんか使わなくたって直接あって話すか、家の電話を使えばいいと思ってた。だから、
携帯電話に対してさほどの必要性を感じていなかったし、持っている奴に対して軽蔑すら覚えていた」
「あんた、今の全部声に出てますからっ!そして、あんたが言うなっ!」
ぜいぜいと息を切らせる春原。どうやら、ツッコミ疲れたようだ。
「全く、最初に芽衣からメールが来たときにはビックリしたよ」
再び春原の手から携帯を奪い取り保護を掛けてあるメールを開いた。
「確か、これだったよな」
Sub:今、家に着きました
From:春原芽衣
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岡崎さんには本当にお世話になりました。
列車が出発する前に、キスしてくれて嬉しかったです。
私こんなに、幸せな気持ちになったのは初めてです。
って何か、自分で打っててちょっと恥ずかしくなっちゃ
いました。
それじゃあ明日もメールしますね。
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「何が悲しくて、自分の妹のファーストキスをメールで知らされなきゃならないんだよ」
「ちなみに、セカンドキスな」
「マジかよっ!」
驚いた顔をする春原。そういえば、夜のベンチでキスしたことは言ってなかったような気がする。
「どうだ、最初のに比べて最近のメールは力が抜けていい感じになってきただろ。顔文字も入ってるし。」
春原は頭を痛そうにして首を横に振った。
「大体、芽衣も芽衣だ。メールアドレスにちゃんとy-sってボクのイニシャルが入っているのに、気づかない
なんて・・・」
「妖怪春原か?」
「陽平春原だよっ!!」
俺は春原いじりもほどほどに、床に投げ出してあった先月号の雑誌を開いてぱらぱらとページを繰った。
「でも芽衣ちゃんもお前の携帯だって知って送ってきてるんだろ?」
「も、もちろん芽衣には言ったさ」
春原は一つ大きなため息をついた。
「あーあ、こんなことならあの時、お前になら芽衣を任せられると思ったなんて言わなきゃよかったよ・・・」
「はい、はい」
寂しい男の負け惜しみに俺は生返事しながら、雑誌のコラムに夢中になっていた。
俺達の日常はまあ、こんなもんだった。こうやって二人で馬鹿やって時間が流れていく。春原と知り合っ
てからたった二年ちょっとしかたっていないのに、ずっと昔から知っているような錯覚に捕らわれてしまう。
日が沈み代わりに夕焼け空が広がる。一日がもうすぐ終わろうとしていた。
「腹減ったな」
よく考えたら今日は昼過ぎに目が覚めたから、起きてから何も食っていないことになる。
「じゃあ、そこの定食屋にでもいく?」
春原がテーブルの上に無造作に置かれた財布を持と携帯をポケットに突っ込み立ち上がる。
ヴーン、ヴーン、ヴーン
「おっ、またメールか」
春原がめんどくさそうにポケットから携帯を取り出して、俺に突きつけた。
「どうせ、また芽衣からだろ」
携帯を受け取り開いてみる。
「ちぇっ、何でボクがお前と芽衣の恋愛になけなしのお金を払わなきゃいけないんだよ」
ぶつぶつ言いながらも、春原は芽衣ちゃんからのメールが来ると一番最初に俺に回してくれる。別に、
春原に最初に見られても全然構わないのに。
Sub:Re:
From:春原芽衣
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定食屋さんにばっかり行ってないで、たまには栄養
のあるものを作らなきゃだめですよう0(^−^)0
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「で、何だって?」
またかよと少し呆れた顔で春原が覗き込んでくる。
「お前の妹はすごいな、預言者か何かか?」
そう、まるで会話を聞かれているような・・・
俺が春原に目をやると口をあんぐりと開けて固まっていた。
「そんな、賢そうな顔してどうしたんだ」
ゆっくりと春原の手が玄関を指す。その指先を追うように顔を上げると玄関の前に黒髪を二つに縛った、
小さな女の子が立っていた。
「えへっ、岡崎さん会いにきちゃいました。驚きましたか?」
芽衣ちゃんは天真爛漫な笑みを浮かべ、スーパーの買い物袋を俺達に見せた。
−中編に続く−