朋也君のハッピー!性生活〜風子編・後編〜
                              ・・・・・・・・・・・・・・・鍵犬


お化け屋敷特有のひんやりとした空気と、なんとも例えようの無い匂い。入り口で渡された懐中電灯
の灯りを頼りに薄暗い通路を一歩一歩進んでいく。

風子は俺の背中をしっかりと掴み恐る恐る進んで行く。

どうせ、動物園のお化け屋敷と思っていたが、なかなかどうして雰囲気がある。ホラーハウスという
名前の通り洋館を模しており、バックミュージックで時折女の悲鳴のようなものも聞こえてくる。

敢えて歩みをゆっくりにする。当然背中にくっ付いている風子もゆっくり歩かざるを得ない。

「岡崎さんあきれるくらい遅いです。もっと、早く歩いてくださいっ!」

「お前、本当に怖がりな」

「風子はライオンのように勇猛果敢ですっ。どちらかというと岡崎さんのほうが・・・あっ」

いきなり歩調を速める。風子は後に置いていかれるような形になった。


パタパタパタ・・・ピトッ


慌てて再び俺の背中にくっ付く。

「それは、早すぎですっ!!」

(全く文句の多いやつだ・・・)

普段は憎まれ口を叩いていても、こういうときの行動は正直なやつだった。

そんなお化け屋敷で怖がる風子がちょっと可愛いなと思ったり・・・


プシューーーッ!!


と、ここで突然のガス噴射。よくありがちな仕掛けだ。

「おおっ、何か出てきたぞ。冷たくて気持ちいいな」

そう言いながら後ろの風子に目をやる。

「ひゃあぅ!!」

「うおっ!!」

ガスよりもむしろ、時間差で聞こえた風子の悲鳴に驚いた。そしてニ、三歩後ろに飛びのいた拍子に足
がもつれて風子はペタンと床に尻餅を付いた。

「お前、クラスでリアクション王って呼ばれてるだろ」

そう思ってしまうくらいのいいリアクションだった。これだけ驚いてくれたらこのお化け屋敷を作ったやつ
も本望だろう。

「ほら、大丈夫か?」

手を差し出し風子を立たせてやる。目が少し潤んでいた。

「いやあ、お化け屋敷って本当に楽しいですね」

「ガスでこけるほど驚いたやつの言う台詞じゃないからな・・・」

そして俺は完全にびびっている風子を引きずりながら、さらに奥へと進んで行った。




「そろそろ、出口みたいだぞ」

ぜいぜいと息を切らせる風子に声を掛けながら進む。

ここのお化け屋敷は思ったよりも広かった。途中に何個か仕掛けがあったが、風子は全てナイス・
リアクションで俺を楽しませてくれた。

さっきからずっと黙ったままの風子。どうやら既に口を開く元気すらないようだ。

一方俺はと言うと、やっぱり全然平気だった。そんな時、思い出すのは人生最大の恐怖。

背後からものすごい速度で飛んでくる百科事典・・・

(あれに、勝るものはないんじゃないか・・・)

そんなことを思いながら何気なく背後を振り返ると、俺達の後をつけて来ている人影が目に入った。

血濡れの白いドレスをきた長い髪の女。つまり、お化け役だ。

そう言えばさっきの曲がり角に女の死体を模した人形が置いてあった。どうやら、それが動き出す
という趣向らしかった。

もちろん風子は背後から近づく気配に全然気づいていない。

一方、あっちも最初っから男の俺ではなく、女の風子を脅かすことを目的としているようで、俺と
目が合っても別に気にする様子無く、そのまま静かに近づいてくる。

そしてほぼ距離は無くなり、風子のすぐ後ろまで来た。

俺はお化け役とアイ・コンタクトを取る。

「あれ、風子。後ろに何かいるぞ」

「え?」

俺に促されて後ろを振り向く風子。

そこには呻き声を上げる、血濡れのドレスで恐ろしい顔をした女が・・・

風子は石化したように固まった。


一秒、二秒、三秒・・・・


約十秒ほど経っただろうか、突然風子の大きな瞳から、大粒の涙がぽろぽろと溢れ出した。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」

声にならない声を上げながら、急にお化け役の脇をすり抜けるように逆走を始めた。

「おいっ、風子っ!出口は反対だっ!!」

俺の制止も聞かず、入り口の方向に駆けていく風子。完全に錯乱している。

(まずいっ、他の客もいるっていうのに!!)

「おいっ、あんたっ。悪いがあいつを捕まえてくれ!!」

「あっ、は、はいっ!!」

俺と一緒に何故かお化け役の・・・多分バイトらしき子が風子を追いかける。

一つ目の角を曲がると風子が地面に転がっていた。大方暗い道を慌てて走って転んだのだろう。

「あなた大丈夫?」

お化け役の子が風子に駆け寄り抱き起こす。その声からしてどうやら、若い女性のようだ。

「ふえっ・・・」

目の前にはさっきの恐ろしい顔・・・

「いやあああん!!」


パコン!


ヒトデの一撃を喰らってお化け役の女性は声も無く気を失う。

「バカッ、相手は一般人だろ!」

俺や春原ならともかく一般人には強烈過ぎる一撃だ。

飛び跳ねるように立ち上がった風子は進行方向を変え、俺の方に突っこんでくる。

手を大きく広げ中腰で身構える。


ゴッ!!


「ぐおっ!」


ガラガラガシャーン!!


腕をすり抜けた風子に後頭部を一撃される。よっぽど当たり所が良かったのか鈍い音がした。
体制が崩れ、気づくと俺は通路の脇の小道具に見事に突っこんでしまっていた。

「モウ、ナニガナンダカ・・・・」

そのまま風のように走り去る風子の後姿をぼんやりと眺めながら、俺の意識は消えていった・・・




時刻は午後八時を回っていた。あたりはすっかり闇に包まれ、月の光が街灯の無い夜道も明るく
照らしていた。

風子は俺の隣をとぼとぼと歩いていた。

目を覚ました時、俺は動物園の医務室のベットの中にいた。

後で聞いた話によると、気絶した俺とお化け役の女性を後から来たお客さんが担いで外に運び
出してくれたらしい。

「気絶注意」と書かれたお化け屋敷から、お化けと一緒に気絶して出てくるのだから滑稽という
他に言いようが無かった。

そして俺と風子は何度もお化け役の女の人や、責任者の人に謝って動物園を後にした。

お化け役のバイトの女性が平謝りする俺達に

「ちょっと、驚かせすぎちゃったみたいね。ゴメンなさい」

と優しく言ってくれたのがせめてもの救いだった。

「あの・・・・」

帰りの夜道で風子はポツリと呟いた。

「なんだ?お化け屋敷のことだったら、もう気にすることないぞ」

昨日に引き続きさらに申し訳なさそうな表情の風子。

今回の件はお化け屋敷が苦手なのを知ってて、無理やり連れて行った俺にも責任はあった。
何も風子ばかりが悪いわけではない。

おもむろに風子はバックから何かを取り出し俺の胸に押し付けた。

手に取ってみると、それは象だのキリンだのが描かれた包み紙だった。

風子の目に促されるように包み紙を解き、中身を取り出す。

「これは・・・」

出てきたのは大きなサルと、小さなサルの二匹がついたキーホルダーだった。

どうやら、それは俺が気を失って医務室で寝ている間に、みやげ物屋で買ってきたものらし
かった。こいつが、何かプレゼントしてくれるなんて初めてだったから俺はちょっとドキッとした。

「これ、風子と岡崎さんにちょっと似てませんか?」

改めて月明かりに照らしてよく見てみる。

大きなサルは眉毛がちょっと太くて強そうだ、一方小さいサルは目がクリっとしてどこか愛らし
かった。

「もちろんこのプリチーなのは風子で、悪魔のような顔をしているのは岡崎さんです」

「そんなことは、分かってるよ」

二匹のサルはチェーンで一つの輪に繋がっている。

決して離れることなく寄り添い合う二人・・・

風子はとても不器用な女の子だ。

人付き合いが下手で、なかなか自分に素直になることが出来ない。

そのせいで、あらぬ誤解を受けることも多いだろう。

だけど今俺の隣にいるこいつは・・・

それは、何よりも俺自身が一番よく分かっていた。

風子にそっと手を差し出す。しっかりと握り合った手からは暖かい体温が伝わってくる。

「なあ、風子・・・」

「はい?何ですか岡崎さん」

子供のような無垢な瞳。

「また来ような」

「はい。岡崎さんがそこまで泣いて頼むんだったら、仕方ありません」




「・・・やっぱり、もっと素直になろうな」

俺は一つ大きなため息をついた。




-完結編に続く-