告白は突然だった。

不細工な星の彫刻を突きつけられて。

「つ、付き合ってくださいっ」

「別にいいけど」

たったそれだけの会話。それだけで、俺達は彼氏と彼女の関係になった。

なぜ、初対面なのにこんなに簡単にOKを出したのかが自分でもよく分からなかった。もし一つ理由
を挙げるとすれば、俺はその不細工な彫刻が嫌いじゃなかったからだ。

そして付き合い始めて三ヶ月が過ぎ、星の彫刻の正体を知ったころには暑い季節が訪れていた。


朋也君のハッピー!性生活〜風子編・前編〜
                              ・・・・・・・・・・・・・・・鍵犬


「ねぇ、伊吹さんの彼氏ってカッコイイよね」

「へ?」

放課後、カバンに教科書を詰め込む風子の周りに女生徒がニ、三人寄ってくる。

人見知りが激しいため、普段は自分からクラスメートに話しかけることはなかなかできないが、こうやって
向こうの方から来てくれるととたんに嬉しそうな顔になる。

風子はそんな女の子だった。

「告白はどっちからしたの?」

「付き合い始めたのはいつからなの?」

「二人はいつもどこにデートに行くの?」

「実はわたしちょっと、岡崎先輩に憧れてたんだあ」

クラスメートから次々と投げかける質問に対し、最初は戸惑った様子の風子だったが徐々に滑らかな
受け答えになっていく。皆に質問攻めを受けることが満更でもないのだろう。

「じゃあさ、伊吹さんて尽くすタイプ、尽くされるタイプ?」

これで、十数問目の質問だった。少し上を向いて考える。そして風子は自信満々に口を開いた。

「もちろん、尽くされるタイプです」

「へぇー、伊吹さんって岡崎先輩から愛されてるんだね」

すかさず出た女生徒の言葉に気をよくしたのか、風子はさらに言葉を続けた。

「はい、どちらかというと岡崎さんはプリチーな風子にゾッコンです」

それを聞いた女生徒の間から驚きと感心の声が上がった。

そして、女同士の談義はさらに盛り上がっていく・・・




「でも、やっぱりさ。女の価値って男に使わせたお金の額じゃない?」

「それは、確かにあるよねー」

風子はクラスメートの会話に無言の笑顔で相槌を打ちながら、目まぐるしく展開される話に右へ左へ顔を
動かしていた。要するに圧倒されていた。

「・・・そこらへん伊吹さんはどうなの?」

突然話を振られ、それまで傍聴の立場であった風子は少し驚いたように肩を竦める。そして、慌てた様子
で口を開いた。

「え、えーっと・・・、お金は大体岡崎さん払いです」

何かを思い出すように、少し考える仕草をする。

「というよりも・・・金の切れ目が縁の切れ目です」

断片的に紡ぎ出される風子の言葉。自分自身でも内容の整理が出来ていないのだろうか。

「風子の場合は普段岡崎さんを立てておいて、肝心なときに上手く利用しています・・・」

言い終わると、女生徒の間から「キャー」とか「風子ちゃんって大人ー」という声が口々に上がった。
その予想外の反応に風子の視線はきょろきょろ泳いでいた。




(ってあいつは一体何を言ってるんだ・・・)

いつものように風子を迎えに来た俺は偶然にも、一年生の教室の前でそんな場面に出くわした。




通学路は下校途中の生徒で賑わっていた。明日は祝日ということもあって、皆浮き足立ってい
るように見えた。

俺達も世のカップルのほとんどがそうするように、一緒に下校する。


ジィーッ・・・


横から感じる風子の視線。

「今日は手を繋がないんですか?いつもみたいに岡崎さん『後生ですから風子お嬢様のその
美しいお手を卑しい私めと繋いで下さい』って泣きながら言わないんですか?」

「そんなこと、言ってるか!!」

いかんいかん思わず突っこんでしまった。俺は頭をぶんぶんと振り手をポケットに突っ込んで
正面を向いて歩き出す。

しばし、無言が続く


ジィーッ・・・


再び横から風子の視線。

「・・・もしかして何か怒ってますか?」

風子から顔を背けるようにそっぽを向く。そして、歩く速度を早める。

取り残される形となった風子は、すばしっこく俺の前方に回りこむ。

「・・・もしかして」

ごくりと息を飲む音が風子から聞こえた。

「もしかして、風子が岡崎さんから借りたCDを昨夜こっそりヒトデ型にカットしたことですか?
でも、そうしたほうが絶対可愛いと思います。むしろ、CDは全てそうあるべきです」

「・・・・・・・・・」

「それじゃあ、この前音楽の時間に使うアルトリコーダを借りたとき手が滑ってトイレの中に
落としちゃったことですか?安心してください。流した後だったので相当無事です」

「・・・・・・・・」

「それなら、一昨日・・・」

「・・・・・・・」

「まさか、先月・・・・」

「・・・・・・」

「ヒトデ・・・」

「・・・・・・」


全て初めて聞く話の上にとんでもない事ばかりだった・・・・

だが、今はそんなことで怒っているのではない。一方、風子は他に思い当たる理由を探して
うんうんと唸っていた。

これ以上トンデモ事実を上げられると鬱になるので、仕方なく俺は口を開いた。

「今日の放課後お前らが教室で話してたことだよ」

そう告げた瞬間、風子がはっとしたような表情に変わった。

「もしかして、立ち聞きしてたんですかっ!?岡崎さん最悪ですっ!!!」

「最悪はどっちだよ。人のこと金づるみたいに言いやがって!!!」

初めて見せたであろう、俺の剣幕に風子はニ、三歩たじろいだ。

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

そして次の瞬間、風子は正にその名前の通り、風のようにどこかに走り去る。

その目には涙が・・・

「・・・さて、行くか」

そんなことは気にせずに、俺は再び歩き始める。


トコ、トコ、トコ・・・


背後の気配に後ろを振り返る。と同時に気配が電柱の影に。


トコ、トコ、トコ・・・


もう一度振り返る。気配はまた電柱の影。

俺は大きなため息を一つついた。

「風子いるんだろ、出てこいよ」

その声に反応して、電柱から小動物みたいにひょっこり顔を覗かせる。俺と目が合うと
慌ててもう一度隠れる。

それを、何回か繰り返した後、ついに観念したように風子が出てきた。

その表情は悪いことをして親に叱られた子供そのものだった。

(こいつは、いつの間にそんな細かい芸を覚えたんだろう・・・)




俺達は公園のベンチに二人で座っていた。楽しそうに子供達が遊びまわる声が聞こえる。

風子は意を決してかばんから雑誌を取り出し俺の前に差し出した。そして、その中ほどの
ページを指差す。

それを目で追ってみる。

「賢い彼女になるための十の格言、其の一:金の切れ目が縁の切れ目、其のニ・・・・・」

すぐに、パタリと雑誌を閉じた。

なるほど、あの発言はこの有害図書の影響か。道理で、脈絡が無くて訳分からないことを
言っていたはずだ。

どうせ、こいつのことだからクラスメートに話を合わせようとして、たまたま雑誌で読んだこと
をそのまま話していたのだろう。

まあこいつは人付き合い下手なだけに、その気持ちは分からないではないが・・・・

俺に怒られた風子は借りてきた猫のように大人しくなっていた。

「さて、そろそろ帰るか」

大きく伸びをしてベンチから立ち上がる。風子はまだベンチに座ったままだった。

そのまま行こうとすると、俺の制服の裾を掴んでぽつりと風子が呟いた。

「・・・明日の祝日はデートに誘ってくれないんですか?」

「さあな」

いつものように毒づかない素直な言葉に俺は少し驚いた。それと同時に思わずそっけない
返事をしてしまったことを少し後悔した。

俺の顔を不安そうに見つめる風子と目が合う。

(風子も反省してるみたいだし、可哀想だからそろそろ許してやろうかな・・・)

俺は制服のポケットに手を突っ込み映画のチケットを掴んだ。これは明日風子と一緒に
映画にでも行こうと思い事前入手しておいたものだった。

「ほら、これ・・・」

そう言って、チケットを取り出そうとした時、風子がいきなりベンチの上に飛び乗った。

一体何をする気なのだろう・・・?

「分かりました、じゃあ明日は今日のお詫びに風子から岡崎さんをデートに誘いますっ!!」

拳を天高らかとかざし、公園中に響き渡る声。

子供達も皆こちらの方を振り向いている。

「どちらかというと、もっとイケメンを誘いたかったのですが致仕方ありません」

そしてその台詞も、いつもの風子節に戻っていた。

しばらくの間呆気に取られる。

「岡崎さんもきっと、嬉しいはずです。というより、嬉しくてすでにちびってしまってるはずです」

「・・・お前すごくポジティブな」

「岡崎さんが、ネガティヴェストなだけです。ちなみに、最上級です」

いや、ネガティヴェストって相当言いにくいんですけど・・・

気がつくといつの間にか、俺は風子のペースに巻き込まれていた。

でもこうやって、こいつと馬鹿なことを言い合っていると、自分が腹を立てている理由がなぜか
幼稚で下らない事のように思えてきてしまう。

もしかしたら、俺は今までこいつのそういう不思議な魅力に惹かれていたのかもしれない。




「という訳で、明日のデートは風子プロデュースですっ!!!」

風子は俺の手を取り、改めてそう力強く宣言した。



小さい風子の手を握り返しながら、俺は今日の放課後に聞いたある言葉を思い出していた。


「風子の場合は普段岡崎さんを立てておいて、肝心なときに上手く利用しています」


案外当たってるかもな・・・




俺はそんなことを考えながら、一旦取り出しかけた映画のチケットを、再びポケットの奥に
仕舞い直すのだった。




-中編に続く-